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岩波書店経営陣の呆れた主張――「時間外労働の過去清算」問題について 

岩波書店の経営陣が、また呆れた主張を展開している。

労働基準監督署の指導に基づき、岩波書店は2012年11月から新しい勤務体系に移行するが、岩波書店経営陣は岩波書店労働組合執行委員会に対し、9月27日午後4時からの臨時経営協議会で、これまでの「時間外労働に対する過去清算」を提案した。以下、この件について詳しく書いている、同労組執行委員会が発行した、「執行委員会ニュース」第6号(2012年10月3日発行)から適宜引用する。

経営陣の提案内容は、

「2012年10月以前(11月の正式施行以前)の時間外労働の清算として、社員全員に一律15万円を支払う。ただし在職期間2年に満たない方は、在職月数に応じた比例配分にしたい。また過去2年間に産休・育児休職・介護休職・病気休職・病気欠勤をした方は、その休んだ月数に0.5を乗じた月数を引いて比例配分することにしたい。」

というものであった。そして、経営陣は、一律15万円とした理由として、「客観的根拠があり、公平性があり、なおかつ実行可能なものを検討したが難しかった。会社が法的に負うべき過去2年間について、タイムレコーダーの記録、休日出勤届をもとに一人ひとり労働時間を推定し、精算方法を検討した。しかし検討していくにつれ、客観性と公平性を満たせないことがわかった。」「客観的な記録がなく、客観性、公平性が確保できない」と述べたとのことである。

だが、冗談も休み休み言え、と言いたい。

「岩波書店、労働時間管理記録を労基署に対して隠蔽」
http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-32.html

で詳しく書いたが、会社は、夜間受付で記録されている社員の退社時刻記録に基づいて、私に残業代を支払ったのである。会社はこの退社時刻記録の労働時間管理記録としての有効性を認めたのであるから、これに基づいて全社員に残業代を支払えば済む話である。「客観的な記録」が明確に存在するではないか。しかもこの退社時刻記録は、私が聞いた時には少なくとも過去数年分は保管されているという。会社の理屈からすれば、2012年10月以前過去2年間では労働時間の把捉が難しい社員は、それより以前の任意の2年間の残業代を支払われてもよいはずである。

また、「客観性、公平性が確保できない」と言うが、私の場合、自分で平均的な出勤時刻を設定し、会社から承認を受け、その出勤時刻から10分後を労働開始時刻として、そこから夜間受付記録の退社時刻の10分前までを労働時間とみなして支払額は計算された。大多数の社員の大多数の勤務日については、この方式で把捉できるのであり、社外での勤務等の例外については別途会社が金額を設定すればよい。簡単な話である。

そもそも「公平性」を持ちだして支払い額を限定する理屈が自体がおかしいのである。会社は2年間の支払義務があることは認めているのであるから、上記の退社記録(またはタイムカード)に基づき、労働時間を把握できる社員(これが大多数である)に対して全額支払った上で、それでも労働時間の把握が難しいケースに関して交渉等により支払い額を設定するのが筋である。「公平性」のために支払額を限定する、など本来出て来ようがない。

また、会社は、一律15万円とした理由として、会社の「支払い能力」を挙げている。だが、そもそも過去2年間分の残業代精算は、「支払い能力」以前の法的義務である。

また、「支払い能力」を云々するならば、なぜ役員退職金の放棄や、役員報酬・賞与のカットという、経営状況が苦しい会社ではごく当然のことが行なわれないのか。経営陣は、社員として勤務した分の退職金は既にもらっているのである。岩波書店でも、これまで、責任感から自発的に放棄した役員も過去には存在したと聞いている。当時よりも経営状況が悪化している現在、なぜそれを自発的に行なおうとしないのか。自分たちがやるべきことを回避して、労働の正当な対価であり、しかも支払いの法的義務がある残業代をまともに払おうとしないというのは、どこまで腐敗しているのか、と言わざるをえない。

そもそも、今年2月の縁故採用の問題に関しても、普通の会社ならば、問題が露見すれば、謝罪して終わらせようとするだろう。ところが経営陣は、恐らくネット上の支持者たちの応援を真に受けて、自分たちの責任逃れのために、縁故採用を開き直るという最悪の挙に出たのである。このことは、会社の社会に対する信頼性を失墜させたのであって、最近の経営状況の極端な悪化にも大きな関係があると私は考える。この人々は、数年で会社を離れることもあり、自分たちの私利を共同で防衛することしか考えていないのではないか。しかも、本屋に押し付けるために企画点数を増やす、以外にほとんど何一つ経営方針を持っていない。

なお、経営陣と執行委員会のやりとりの中には、以下のような一節がある。

「<組合>ある社員については精算したように、自分も要求したいという人がいたら、会社はどうするのか。

(沈黙)」

この「(沈黙)」から察するに、会社はこの問いに対して答えられなかったようである。答えられないのは当たり前で、そのような要求があれば、退社記録に基づいて全額払うしかないからである。

むしろ私は、会社がわざわざ過去清算などを持ちだしてきたのは、法的義務云々よりも、私以外の社員が、上記の首都圏労働組合ブログの記事を読んで、岩波労組には秘密にして、会社に個別に残業代を請求するケースが(複数)あったからではないか、と推測している(退職する場合は、特に言いやすいだろう)。以前に労働基準監督署から聞いた話によれば、会社は自分から2年間分全社員に対して残業代を支払う義務はないが、社員から要求があれば、2年間分支払わなければならない法的義務がある、というものである。本来は、残業代を貰いたいならば自分で請求し、貰いたくないならば請求しなければよい、で済む話なのである。会社は自分からは支払うなどと言いださなくてもよいのに、なぜ提案してきているのか。退社記録を基にして残業代を要求する社員が私以外に現れているから、その拡大を防ぐために、一律15万円で「清算」しようとしている、ということではないか。

なお、上の「ある社員」とは私のことだが、このやりとりの中では、私の件がもう一度登場する。

「<組合>先にこの問題を指摘した社員にはそれなりの実労働把握をして支払ったのではなかったか。それとの整合性は?

<会社>詳しくは申し上げられないが、労基署の指導もあり、専門家にも相談した結果、ある方式で計算し2010年5月以前の精算として済ませた。社員全員へとなると難しい。今回、社員に対してちょうど2年間の精算としなかったのは、そのかかわりもある。」

「詳しくは申し上げられない」も何も、私は上記記事で詳細を書いているのでそれを読めばよい。それよりここで重要なのは、会社が、私にこの件に関するお金を払いたくないがために、「社員に対してちょうど2年間の精算としなかった」と公然と発言していることである。

会社はその提案において、新入社員や休職者等に対しては、2012年10月以前過去2年間の枠内で精算するとしているのであり、私が以前にもらった残業代は2010年5月以前過去2年間分であるから、今回も、2012年10月以前過去2年間分に関する「過去清算」額が支払われなければならないだろう。ところが、15万円は「社員に対してちょうど2年間の精算」額だとして支払ってしまうと、私に改めてそのように支払わなければならなくなってしまうから、そのようにはせずに、「2012年10月以前」と開始時期を定めずに設定した、と言っているのである。ここまでして私への嫌がらせをしたいかと、もはや狂気すら感じさせられる。

岩波労組執行委員会も情けない。「客観的な記録がない」などと会社が公然と支離滅裂な主張を展開し、「ある社員については精算したように、自分も要求したいという人がいたら、会社はどうするのか。」という当然の疑問に対して答えられないという醜態を会社がさらけ出しているにもかかわらず、全く突っ込めていないからである。なぜ退社記録に基づいて支払わないのか、私以外に払った事例はあるのか、という当然の疑問すら問うていない。役員退職金の放棄もしない経営陣が、「支払い能力」を盾に、社員の正当な労働対価を要求する権利を消滅させようという許し難い行為に対して、これまでどおり御用組合らしく、会社の言い分を基本的に認めるのか。見ものである。


(金光翔)
[ 2012/10/11 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

声明:岡本厚・岩波書店取締役の『世界』編集長辞任に関して 

声明:岡本厚・岩波書店取締役の『世界』編集長辞任に関して

私たち首都圏労働組合は、2012年4月6日にブログ上に発表した「声明:岩波書店の縁故採用に改めて抗議する」において、

「さらに驚くべきことは、役員の一人である岡本厚取締役が、月刊誌『世界』の編集長をも現在、兼任している事実である。『世界』が長年、「平等」や「機会均等」、「反格差社会」といった論陣を展開してきたことは周知のことであるが、今回の事態は、そのような言論活動が内実の伴わないものであったことを誰の目にも明らかにしたと言える。これは、『世界』編集長の前任者である山口昭男代表取締役社長についても同様のことが言える。今後、『世界』や岩波書店が、「平等」や「機会均等」、「反格差社会」といった主張を展開すれば、笑うほかない。」

と指摘したが、そのわずか2日後の4月8日に発売された『世界』2012年5月号の「編集後記」において、岡本は、同号をもって編集長を辞任する旨述べている。
http://www.iwanami.co.jp/sekai/2012/05/pscript.html

岡本が編集長を兼任し続ける限り、上記の声明文のように、縁故採用の責任者の一人である岡本が『世界』で「平等」や「機会均等」、「反格差社会」といった論陣を展開することへの批判・疑問が生ずることは明らかであり、岡本の辞任には、そのような批判・疑問を回避することが大きな要因として存在すると私たちは考える。しかも、『世界』5月号にも、4月号(3月8日発売)にも、縁故採用問題に関する岡本または『世界』編集部の弁明は一切ないのであって、私たちは、事実上逃亡したといえる岡本の無責任さにただ呆れている。

また、この5月号の「編集後記」で岡本は、「月刊誌という、テレビや新聞と比べ、小さいと思われるメディアでも、志次第では、なお大きな役割を果たしうると言いたいのである。「世界」は、朝鮮半島との関係を大切にしてきた。それは日本自身のためにそれが重要なことだと考えてきたからだ。」「「世界」は思われているより、存在として大きい。」などと自画自賛している。だが、「拉致問題」の解決、「国益」のためには在日朝鮮人に対して差別的に扱ってもよいという論理を、近年、最も精力的にメディアで展開してきた佐藤優の論壇席巻(<佐藤優現象>)について、精力的に後押ししてきた筆頭とも言うべき編集者が岡本であることは周知の事実である(注1)

岡本は、『世界』誌上で佐藤の「論壇」デビューから一貫して、佐藤を精力的に起用し続け、佐藤を日朝国交正常化に向けて「現実を動か」そうとした官僚と同列視するという詐欺的な行為で、韓国の有力者に佐藤を売り込むことすら行なっている(注2)

岡本は、佐藤のみならず、佐藤と関係の深い鈴木宗男や、鈴木とつながりが深いとされる小沢一郎らを積極的に『世界』誌面で起用し、擁護する論調の誌面構成を行なってきた。また、民主党への「政権交代」や民主党政権を、他に匹敵する雑誌がほとんどないほど一貫して擁護し続けてきた。佐藤優の積極的起用や右派政治家の宣伝等のこうした岡本の行為は、岡本が自賛するように、『世界』がいまだにマスコミや左派系のジャーナリズム・運動圏に一定の影響があるがゆえに、日本社会に大きな悪影響を及ぼしてきた。

また、2009年10月に出された「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」(注3)では、『世界』執筆者や読者を含めた多くの人々の賛同の下、「(『世界』『週刊金曜日』その他の「人権」や「平和」を標榜する)メディアが佐藤氏を積極的に誌面等で起用することは、人権や平和に対する脅威と言わざるを得ない佐藤氏の発言に対する読者の違和感、抵抗感を弱める効果をもつことは明らかです。私たちは、佐藤氏の起用が一体どのような思考からもたらされ、いかなる政治的効果を持ち得るかについて、当該メディアの関係者が見直し、起用を直ちにやめることを強く求めます。」と主張されているにもかかわらず、岡本はこの呼びかけを完全に黙殺してきた。

また、岡本は、編集長になる以前から、実質的な改憲論である「平和基本法」の『世界』誌上での掲載を積極的に推し進め、編集長就任後も「平和基本法」に沿った「国際貢献」への自衛隊積極活用の主張を繰り返し掲載し、日本の護憲派の、安全保障基本法制定による解釈改憲容認論への移行を積極的に後押ししてきたのであって、こうした岡本の行為に対する90年代以降の多くの批判にもまともに答えようとしていない。

このような行為(不作為)が、岡本がこの編集後記で白々しく語る「朝鮮半島との関係を問うことは、即ち日本の近代のあり方を問うことである。日本社会に染み付いた強固な帝国意識、冷戦意識を問い、それと闘うことである。」などという発言と相反することは言うまでもない。これらの岡本の姿勢には、縁故採用に関する岩波書店の対応と同じく、徹底した厚顔無恥さと無責任さが如実に現れている。

なお、この5月号の「編集後記」は、『世界』の朝鮮問題に関する具体的な主張にはほとんど触れないまま、『世界』が韓国の有力政治家や北朝鮮の外交官に知られている、褒められているといった類の自画自賛に終始しており、これは、岡本の「16年間」の編集長時代の朝鮮関係に関する言論活動が、「平等」や「機会均等」、「反格差社会」といった主題と同じく、内実の伴わないものであったことを示唆している。

辞任したとは言え、編集部長として岡本が同誌の責任者であることは変わらず、また、同誌に対して当分は岡本が大きな影響力を持つと考えられ、また、岡本自身または『世界』編集部は『世界』誌上において何らの弁明も行なっていないから、私たちが「声明:岩波書店の縁故採用に改めて抗議する」において『世界』について述べた見解は、何ら変わらないことをここで明らかにしておく。


(注1)金光翔「朝鮮学校排除問題と<佐藤優現象>」を参照のこと。
http://watashinim.exblog.jp/10804763/

(注2)金光翔「陰謀論的ジャーナリズムの形成(3) 佐藤優の売込みを図る岡本厚『世界』編集長」を参照のこと。
http://watashinim.exblog.jp/10723086/

(注3)「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」
http://gskim.blog102.fc2.com/blog-entry-23.html


2012年4月13日 首都圏労働組合執行委員会
[ 2012/04/13 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

声明:岩波書店の縁故採用に改めて抗議する 

声明:岩波書店の縁故採用に改めて抗議する

私たち首都圏労働組合は、2月2日、2月16日の2度にわたり岩波書店(以下「会社」)に対し、「岩波書店著者の紹介状あるいは岩波書店社員の紹介があること」とする2013年度社員採用の応募条件を撤回するよう求めてきたが、会社は撤回はおろか私たちへの回答すら行なわなかった。会社が撤回しないまま、応募期間はついに終了した。これは、一企業が、縁故による採用しか認めないと社会に向け公言した上で、機会均等の原則それ自体を実質的に否定したという歴史的犯罪である。

昨年度、非公開のうちに行なわれた縁故採用について、問題の重大性を認識せず、労働組合として公的に批判・撤回要求を行なわなかったことを自己批判するとともに、私たちは、この機会にこの問題に関する私たちの立場を公的に明らかにしておく。

会社の応募条件は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない 」としている日本国憲法第14条の趣旨に対し明白に違反している。「社員・著者の紹介」を応募条件とすること自体が「社会的関係」の有無による差別と排除であり、社会的格差の固定化を生むことは明白である。

会社は、厚生労働省の調査を受けて、2月6日、公式ホームページに「(著者・社員の紹介)もとれない場合は、小社総務部の採用担当者に電話でご相談ください」などと書いた上で、「「著者の紹介、社員の紹介」という条件は、あくまで応募の際の条件であり、採用の判断基準ではありません。」と述べている。だが、これは、「縁故の無いことによる門前払いならば許される」と主張していることを意味するのであって、応募条件を満たすか満たさないかを「判断」すること自体が採用過程の一環であることは明らかであるから、会社の主張は支離滅裂である。このような主張を公然と行なうこと自体、今回の縁故採用の公言と同じく、会社の上層部が、どれほど社会常識を欠落させているかを如実に示していると言える。

また、上記の「(著者・社員の紹介)もとれない場合は、小社総務部の採用担当者に電話でご相談ください」などという文言は、厚労省の調査の結果、「著者などの紹介が難しい希望者でも応募できるように改めた」(朝日新聞2月17日付)ゆえに付け加えられたものであって、このような表面的な修正が、厚労省によるさらなる行政指導および社会的批判を回避するための欺瞞的なものであることは明らかである。

しかも、2月17日の厚労省発表「岩波書店の募集採用に関する事実関係の把握について」によれば、会社は、「著者等の紹介を選考の基準とはせず、筆記試験と面接試験により厳正な選考を行う考えである」「著者等の紹介を得ることが難しい応募希望者についても、採用担当部門で話を聴いた上で、応募機会の確保を図っている」などと厚労省に説明しているとのことであり、それならば、上記の修正によって、採用判断に関して、著者・社員による紹介を応募条件としたことによる応募者の差別化は不可能になったはずであるが、会社は応募条件の撤回をしていない。会社の主張は、二重三重に支離滅裂であって、これは、こうした修正が、厚労省によるさらなる行政指導および社会的批判を回避するために加えられたに過ぎないことを改めて示している。

また、上記厚労省発表によれば、会社は厚労省に対して、「今回の募集方法は、応募者の熱意や意欲を把握したいという意図によるものである」などと主張しているとのことである。だが、私たちの2月5日のブログ上での記事「メディア報道における岩波書店の弁明への疑問と批判」で明らかにしたように、会社は昨年12月21日付で、小松代和夫総務部長名義で全社員に「2013年度 社員募集」なる文書を配布しており、その中では、「日頃お付き合いのある著者の中で、今回の社員採用に際してご協力を依頼できる方」への依頼を社員に行なってもらうために、社員が著者の候補者を会社に伝えること、それを基に会社が「依頼リスト」を作成し、「依頼状と募集要項」を会社が各著者に送付することが明記されている。また、社員による紹介に関しても、「お知り合いの方に2013年度の社員募集を行う旨を伝え、応募を希望される方に「募集要項」をお渡しください。」と、社員との一定の交友関係が前提とされたものであり、また、岩波書店社員が自分から働きかけるものであることが明記されている。

また、2月21日の毎日新聞東京版夕刊記事「特集ワイド:岩波書店・募集要項の波紋 著者に「協力」依頼、存在していた「内部文書」」によれば、小松代総務部長は、社員による特定の著者への紹介依頼の事実と、紹介を依頼した著者を総務部で記録している事実を認めている。しかも、社員が著者の候補者を会社に伝える締切は、1月13日と指定されており、これは、会社ホームページで募集が告知される1月10日のわずか3日後である。これでは、「日頃お付き合いのある著者の中で、今回の社員採用に際してご協力を依頼できる方」の紹介状を獲得しようという応募者の「熱意や意欲」など、会社は把握しようがない。

このように、「今回の募集方法は、応募者の熱意や意欲を把握したいという意図によるものである」などという説明は、実態と完全に矛盾しているものであり、厚労省のさらなる行政指導を逃れるための姑息な弁明と言わざるを得ない。

また、会社による今回の応募条件は労働行政の指針にも違反している可能性が高い。「平成11年労働省告示第141号」を根拠としてつくられた熊本労働局ホームページ「公正な採用選考のために」(http://kumamoto-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/hourei_seido_tetsuzuki/shokugyou_shoukai/hourei_seido/jigyou07.html)では「日本国憲法は、全ての人に職業選択の自由を保障しています。また企業にも採用の自由が認められています。しかし、だからといって企業が採用選考時に何を聞いても何を書かせてもよいというものではありません。応募者の基本的人権を侵かしてまで、採用の自由は認められているわけではありません。採用選考にあたっては、●応募者の基本的人権を尊重すること。 ●応募者の適性と能力のみを基準とすること。」と前置きしたうえで、「「当社に知人がいるか」の質問については、就職の機会均等の精神に反し縁故・知人採用をしていると受け取られる質問は公平な選考とはなりません。」と明言されている。縁故の有無を質問すること自体が違反ならば、募集の条件にすることは、なおさら違法性が高いと言えよう。

ウェブ上では、「著者の紹介状を獲得することは出版社の社員にとって必要なスキルのはず」などといった馬鹿げた擁護論も散見されるが、これでは「岩波書店社員の紹介」をも応募条件として認めている理由すら説明できない。今回の応募条件は、何らかのスキルを見るといったものではなく、私たちがこれまで再三指摘しているように、もはやカルトの域にまで達している岩波信仰、度しがたい権威主義、「自己陶酔と自己欺瞞と徹底した無責任さ」(2011年5月14日付ブログ記事「「岩波原理主義者」たちとの闘い――「解雇せざるをえない」との通知について」http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-34.html)の現れに過ぎない。今回の応募条件の公表も、会社上層部が、このような長年のカルト的な自己陶酔によって、社会的な常識や目線から完全に乖離してしまっている点が背景にある。彼らは、縁故採用が悪いものだという認識を全く持っておらず(過去の慣例の復活に過ぎない、などという答弁を平気で語る点にそれが表れている)、社会的に問題とされる可能性すら思い至らずに応募条件を大っぴらに出してしまい、後付けで「熱意や意欲を把握」したかったなどと理屈をでっちあげているだけではないか、と私たちは考えている。

会社は今回の応募条件を過去の慣例の復活であり、昨年度も行なわれたものだと主張している。その過去の慣例自体が不公正なものであるが、私たちが注目しているのは、その時期である。会社は、2010年5月28日に、労働基準監督署から、三六協定のないまま社員に対して違法労働をさせていたことに関して行政指導を受けた。社員の恒常的な過剰な残業はこの会社の深刻な問題であるが、会社はそれまで、一切残業代を支払ってこなかったのである。現在、会社と、ユニオンショップ組合である岩波書店労働組合(以下、岩波労組)との間で三六協定締結のための交渉が行なわれているが、現在の交渉内容からすれば、会社の求める編集職の裁量労働制が是認されると思われる。過酷な労働は編集職の新入社員や若年社員において特に深刻であり、それを理由として辞める社員もしばしば存在するが、縁故採用で入社した社員の場合、自発的に辞めにくいことは明らかである。私たちは、会社による縁故採用の復活が、新人・若年労働者の過剰労働という構造を温存させたまま、三六協定締結・発効という新しい状況に適応するための方策ではないか、との疑いを強く持っている。

ついでながら、岩波労組は、会社による縁故採用がこれほど大きく社会的に注目を浴びたにもかかわらず、会社に対して、公的に撤回要求・抗議を何ら行なわず、この件に関して沈黙を守っている。それどころか、厚労省が岩波書店を調査するとの意向を表明したことに対して、岩波労組およびその上部団体の出版労連で長年要職を務めてきた人物は、ツイッター上で、「厚生労働省まで乗り出してくるなんて。被災地の雇用創出とか、ほかにもっとやるべきことがあるでしょうが、と言いたいです。」などと反発をあらわにしている。また、岩波労組の現在の書記長も、岩波書店の応募条件の問題視に反発する岩波書店職制の発言を好意的に引用した上で、縁故を応募条件にしたことを不問に付したまま、縁故で応募してきた人間のうち「あと、けっこうな数の人が落とされてるはず、昨年度。」などと発言し、「「著者の紹介、社員の紹介」という条件は、あくまで応募の際の条件であり、採用の判断基準ではありません。」との会社の主張を擁護している。今回の件は、岩波労組の徹底した御用労組ぶりを、改めて明らかにしたと言える。

岩波書店の「(著者・社員の紹介)もとれない場合は、小社総務部の採用担当者に電話でご相談ください」との修正が、上で述べたように、単なる行政指導逃れの口実に過ぎないことは明白であって、このような付則を加えれば縁故採用を行なってよいということであれば、こうした「応募条件」を模倣した企業も現れてくるだろう。また、縁故採用が公然と容認されることは、「縁故」「コネ」採用を肯定する社会的風潮を助長し、採否の基準が今以上に「縁故」「コネ」に左右される事態をもたらす。

日本社会の現実においてはただの形式的なものとして扱われている場合が多いにせよ、雇用機会の平等は守られなければならない社会規範であるにもかかわらず、その重大性に対する認識を欠落させたまま、会社による今回の行為を追認する言説が非常に多いことに対しても、私たちは危機感をもっている。今回のような採用形態が社会的に定着していけば、雇用難に苦しむ多くの人々、特に学生が大きな精神的被害を被り、また、雇用の機会を失うことは明らかである。岩波書店の今回の措置は、企業としての社会的責任という観点を完全に欠落させた行為であり、到底是認されるものではない。

岩波書店上層部は、あたかも応募条件による応募者の差別化自体は実施しないかのような弁明を会社として行なっておきながら、また、これほど大きな社会的注目を浴びてもはや当初の目的とされる応募者の削減すら困難になったにもかかわらず、また、多くの社会的批判を浴びたにもかかわらず、縁故採用の応募条件を撤回しなかった。ここには、自分たちの落ち度を認めると何らかの責任をとらざるを得なくなるから居直るという、姑息かつ笑うべき責任回避の姿勢以外のものを見出すことはできない。

さらに驚くべきことは、役員の一人である岡本厚取締役が、月刊誌『世界』の編集長をも現在、兼任している事実である。『世界』が長年、「平等」や「機会均等」、「反格差社会」といった論陣を展開してきたことは周知のことであるが、今回の事態は、そのような言論活動が内実の伴わないものであったことを誰の目にも明らかにしたと言える。これは、『世界』編集長の前任者である山口昭男代表取締役社長についても同様のことが言える。今後、『世界』や岩波書店が、「平等」や「機会均等」、「反格差社会」といった主張を展開すれば、笑うほかない。

私たちは、岩波書店による縁故採用を今後も強く批判していくことをここに宣言する。


2012年4月6日 首都圏労働組合執行委員会 
[ 2012/04/06 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

「岩波書店著者もしくは岩波書店社員の紹介」なる応募条件への撤回要求・抗議文 

抗議文

2012年2月2日

株式会社岩波書店 代表取締役社長 山口昭男殿

首都圏労働組合 委員長 金光翔

貴社が2013年度の社員採用を、一般公募ではなく、岩波書店著者もしくは岩波書店社員の紹介を応募条件としたことは、機会の平等を公然と否定した驚くべき措置であり、今後岩波書店のこの「応募条件」を模倣した企業が現れ、社会的に定着していけば、雇用難に苦しむ多くの人々が大きな精神的被害を被り、また、雇用の機会を失うことは明らかである。

岩波書店の今回の措置は、企業としての社会的責任という観点を欠落させた行為であり、到底是認されるものではない。社員採用にあたって、「岩波書店著者もしくは岩波書店社員の紹介」との応募条件を撤回することを求める。

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抗議文

2012年2月16日

岩波書店 代表取締役社長 山口昭男殿

首都圏労働組合 委員長 金光翔

首都圏労働組合は、2月2日に、岩波書店の社員採用における「岩波書店著者もしくは岩波書店社員の紹介」との応募条件を撤回することを貴殿に求めたが、貴殿は、今日に至るまで撤回はおろか、当組合への回答すら行なっていない。これは、極めて不誠実な対応であると言わざるを得ない。
今回、再度、撤回を求める。
また、この問題に関して、首都圏労働組合特設ブログにおいて、2月5日に「メディア報道における岩波書店の弁明への疑問と批判」と題した記事を、また、2月11日に「浅野健一氏の岩波書店「縁故採用」批判」と題した記事を掲載したので、添付し、貴殿に告知する。

(※添付は略)
[ 2012/03/12 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

浅野健一氏の岩波書店「縁故採用」批判 

浅野健一氏が、自身のホームページで、今回の岩波書店の「縁故採用」問題について論じている。

「浅野健一の企業メディア・ウオッチング
岩波書店の不公正な「縁故採用」を批判する――擁護論への疑問」
http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/2012/20120209iwanamienko.html


非常に興味深い内容で、浅野氏が、自身の岩波書店との関わりや、共同通信社時代のコネ入社社員の振る舞い、メディア批判を交えつつ、今回の岩波書店による「岩波書店著者」または「岩波書店社員」の紹介との応募条件を、厳しく批判している。説得力に富んだ内容で、未読の方には、是非一読を薦める。

この首都圏労働組合特設ブログの前回記事「メディア報道における岩波書店の弁明への疑問と批判」も詳しく紹介されている。この記事を踏まえた上で、今回の件について大学・マスコミ関係者が論じたまとまった文章は、これが恐らく初めてのものではないかと思う。

浅野氏のこの記事は、前田朗氏も紹介していた。私も浅野氏の記事が、多くの方に読まれることを望む。

(金光翔)
[ 2012/02/11 13:07 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)


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