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岩波書店就業規則改悪問題に関する愼蒼宇氏の意見 

在日朝鮮人の朝鮮近代史研究者で、「岩波書店の著者」でもある愼蒼宇(シン・チャンウ)氏から、岩波書店就業規則改悪の問題に関する文章をいただいたので、「資料庫」にアップした。私には過分なお褒めのお言葉もあるが、素晴らしい内容なので是非読まれたい。岩波書店が「岩波書店の著者」を本当に尊重する気があるならば、「私も岩波書店の出版事業に朝鮮近代史、日朝関係史関係でいくらか関わってきたからこそ、金光翔氏の言論活動を封殺しようとする一連の行為は、在日朝鮮人の研究・言論活動にも抑圧的な影響を及ぼしかねない、という強い疑念を抱いていることをここに表明しておきたい」という愼氏の言葉を重く受け止めるべきであろう。

愼蒼宇「「著者」の一人として岩波書店の就業規則改悪のとりやめを求める」
http://gskim.blog102.fc2.com/blog-entry-28.html





[ 2015/03/25 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

岩波書店の就業規則改定案について 

岩波書店が現在、就業規則の改定を行なおうとしている。改定案は、「諭旨解雇または懲戒解雇」のための規定の新設が主なものだが、それが酷いものだったので、ここに紹介・批判し、就業規則の改悪をやめるよう求めることとする。

改定案の諭旨解雇または懲戒解雇の条文(第41条の4)の特色は、その対象の一つとして、「会社および会社の職員または著者および関係取引先を誹謗もしくは中傷し、または虚偽の風説を流布もしくは宣伝し、会社業務に重大な支障を与えたとき」を挙げていることである。

そもそも「著者」とは何なのか。「岩波書店の著者」といえば、2012年2月に広く話題となった岩波書店の縁故採用で、応募には「岩波書店の著者」の紹介状が必要とされたことが思い出されるが、この時に岩波書店は、岩波書店の雑誌等の刊行物に一度でも寄稿していれば「岩波書店の著者」だとした。しかし、それならば、「岩波書店の著者」は極めて多数に上るから、社員が個人の資格でまともに何かを発言することなどほとんど不可能になろう。

また、岩波書店の「関係取引先」は、朝日新聞や毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞、多数の地方紙、諸雑誌など、これまた極めて多数に上るから、これも、何も発言するなと言うに等しい。

就業規則改定案は、個人の言論の自由を保障した憲法(注)への明白な違反である。会社への誹謗中傷を禁止することに関しても、言論機関の場合、それが一般的かは疑わしい。例えば、毎日新聞の就業規則の「懲戒」の対象としては、パワハラ、セクハラなど一般的なものが規定されているが、会社への誹謗中傷は対象となっておらず、新聞社らしいものとしては「故意に編集権侵害の行為のあったとき」が対象とされているのみだという。

ある弁護士は、この規定について、「会社側は、誹謗中傷行為一般を解雇事由としているのではなく、<会社業務に重大な支障>を与えた場合のみを対象としているから、憲法にも反しない、あるいは合理性があると主張するのだと思う。実際には、このような規則をつくったからといって、社員の言論活動を理由に懲戒解雇とするのはかなりハードルが高いのではないか」と述べている。しかし、もしそうならば、<会社業務に重大な支障>などという極めてあいまいな前提のもと、懲戒解雇のリスクを冒してまで批判する人間はほとんどいないであろうから、この規定の主な目的は<言論封殺>である、ということになる。

懲戒解雇について、徳島県労働委員会のホームページでは、「懲戒解雇は、労働者にとって極刑であり、通常は退職金の全部又は一部が支給されないばかりか、再就職の重大な障害となります」と書かれている。

また、ある新聞社の記者は、この規定が言論機関にとって「ありえない」理由の一つとして、以下のように述べていた。「記者が書いた記事が、裁判で<誹謗もしくは中傷>と判断された場合、その記者は自動的に懲戒解雇の対象ということになってしまう。それでは新聞や週刊誌がまわるはずがない」と。また、「言論機関としては自殺行為としかいいようがない」とも述べていた。

なお、憲法違反とは、単に、「言論・表現の自由」の侵害だけではない。数多くの政治家、例えば、石破茂・岡田克也・菅直人・小沢一郎・鈴木宗男・小泉純一郎・田中真紀子・辻本清美といった面々も「岩波書店の著者」であるから、政治的活動の自由の侵害でもある。

また、「会社の職員」も対象となっている。私は、佐藤優氏の積極的起用や、佐藤氏の韓国の要人たちへの紹介などを一貫して行なってきた岡本厚社長(雑誌『世界』前編集長)を批判してきたし、また、岡本社長が「岩波書店代表取締役社長」の名義で、保坂展人・世田谷区長の政治資金パーティーの呼びかけ人に名を連ねていることや、役員の立場にいながら都知事選で宇都宮健児候補の選対を務めてきたことなども批判してきた。

また、縁故採用の件に関しては、応募者の熱意を見たかったからであって縁故採用ではない、などと説明する小松代和夫・総務部長(取締役)に対して、実際にはマスコミへの発覚前に、複数の特定の著者には推薦依頼状を会社から送っているのだから、説明は実態と著しく乖離しているのではないのか、と批判してきた。

これらの批判も、「会社の職員」への誹謗中傷、ということになりかねない。

さらに、改定案の第41条の7では、「会社は、他の職員の懲戒に該当する行為に対し、ほう助または教唆もしくは加担したことが明白な職員については、本人に準じて処分する。などいった条文も盛り込んでいる。

そもそもどうやって「ほう助または教唆」など証明できるのか。加担とはどのレベルを指して言うのか。これも異様な条文で、労働組合活動への弾圧にも用いられうるものである。

この件に関して、元・共同通信記者で同志社大学大学院メディア学専攻博士課程教授(従業員地位確認等請求訴訟係属中)の浅野健一氏からコメントをいただいたので、以下に掲載する。


<表現の自由は民主主義社会にとって最も重要な基本的人権であるが、岩波書店は、会社の指定した機密情報を流したり、岩波書店の刊行物に論文を書いた著者を誹謗中傷したりした時は懲戒解雇するという就業規則を導入しようとしている。これは異常であり、あってはならないことだと思う。もちろん、共同通信社にも学校法人同志社にもこんな馬鹿げた規則はない。憲法違反の就業規則だ。

しかも、この就業規則改定案の「第24条の2」では、「会社は、次のいずれかに該当する職員に対し社内への入館を禁止し、または退館を命ずることができる。」と定めた上で、その対象の中に、「会社の風紀を乱し、または乱す恐れのある者」も挙げている。「恐れ」はいくらでも拡大解釈できる。また、「第41条の7」では「ほう助、教唆」も対象になっているが、その範囲や基準は明示されていない。

私は22年間、共同通信の記者を務めていたが、『「犯罪報道」の再犯 さらば共同通信社』(第三書館)などで、当時の社長の不正経理が内部処理されたことを明らかにした。また、『天皇とマスコミ報道』(三一書房)・『客観報道』(筑摩書房)や雑誌記事などの中で、昭和天皇が死亡した1989年1月、共同通信は天皇の死を「崩御」と表現したが、共同通信社内で「崩御」使用を決定した中心人物が当時ニュースセンター(見出し・校閲などの編集局の中枢部門で旧称は整理本部)の責任者で、後に関東学院大学教授になった元新聞労連新研部長・共同通信労組委員長の丸山重威氏だったことも書いた。岩波書店の改定就業規則ではこういう著述は許されないことになる。

『週刊金曜日』で私と共に「人権とメディア」を連載している山口正紀氏は読売新聞記者時代に、読売新聞のロス銃撃事件報道などを批判した。共同通信記者の中嶋啓明氏も共同通信や共同の加盟社の報道を批判の対象にしている。しかし、読売や共同が就業規則を持ち出して、処分をちらつかせたことは一度もない。

岩波書店の名誉というのは何だろうか。職員の言論の自由を縛り、企業機密を守ることにエネルギーを使ううちに、出版業の大切な原点が忘れられていくだろう。縁故採用をネットのHPに載せるような愚かな行為こそ、岩波書店の名誉を毀損しているのではないか。

リベラルなマスメディア企業の中で、「著者」や「関係取引先」や「職員」(社員)への誹謗中傷を懲戒解雇処分とするという規定を行っているメディアを知らない。

言論機関にとって重要なのは、社内言論の自由だ。社員みんなが情報を得て、自由で闊達な議論をたたかわすことが何より大切だ。意見の違いを述べ合うことだ。controversial(論争的)であることが大事なのだ。社長も、一社員も平等の権利を持って。

岩波書店にこのような就業規則が導入されれば、社員は萎縮し、お互いが疑心暗鬼になり、風通しの悪い職場になるだろう。相互監視の暗い職場になることは間違いない。

これが他のメディア企業に広がった場合、報道・出版界全体が活力を失うだろう。>


なお、岩波書店は、2014年6月に社員の賃金カットを行った。賃金カットを行なうのであれば、経営責任のある役員は、退職金はすでに得ている以上、役員退職慰労金の額を社員に公開してはどうかと当組合は会社に対して主張した。しかし、会社は、「役員退職慰労金は株主総会マターであって、労使で議論すべきものではないと考えています」などと回答している。こうした姿勢も問題である。

私たちは、ここに、岩波書店に対して就業規則の改悪をやめるよう求める。

[注]日本国憲法には、「第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 /2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」とある。
また、世界人権宣言(1948年12月、国連総会採択)には、「第十九条  すべて人は、意見及び表現の自由に対する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見をもつ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む。」(外務省仮訳文)とある。

※浅野氏のコメントの一部を改めた。(3月21日)

(金光翔)
[ 2015/03/15 07:50 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

岩波書店(岡本厚社長)に「公職選挙法違反」の疑いありとの澤藤統一郎氏の告発 

1.

現在、23日告示の都知事選に関して、さまざまな言論・運動が展開されているが、立候補の意志を表明している宇都宮健児氏に対して、弁護士の澤藤統一郎氏が自身のブログで、立候補を辞退すべきであるとの勧告記事を、昨年12月21日から長期にわたって連載している。
http://article9.jp/wordpress/

この内容自体が非常に興味深いのだが、このブログで澤藤氏の記事を取り上げる理由は、それが岩波書店とも関わっているからである。

澤藤氏は、以下のように書いている(強調は引用者、以下同じ)。

労働契約にだけ拘束される立ち場の労働者が、使用者の政治的立場を押し付けられてはならない。会社の従業員が、社長の主宰する政治団体に派遣や出向をさせられてはならないのだ。そのような事実があれば、きちんと事実関係を追跡することができるように、透明性が確保されなければならない。政治資金規正法による報告書に記載の義務がある。政治団体に派遣された「秘書」の給与相当分の報告書不記載は、単なる形式犯ではない。

問題は、この労働者の派遣先が、一般的な政治団体の活動ではなく、具体的な選挙運動となった場合のこと。このばあいには、公選法に明確に違反する犯罪「運動員買収罪」が成立する。派遣元も、派遣された労働者も、処罰対象となる。宇都宮君、君には心当たりがないか。保守陣営は汚い、違法を繰り返してきたと、我々は告発してきた。君には、その先頭に立つ資格があるか。

徳洲会は強く批判されている。君が追及するという猪瀬は、その徳洲会から金をもらっている。さて、その徳洲会とは何をしたのだろうか。

昨年12月の衆院選で、徳洲会は傘下の病院職員を鹿児島2区の選挙運動に送り込んだ。「徳洲会では選挙は業務が当たり前。ある意味、本業の医療より優先される」との職員談話も報道されている。病院職員が、労働契約上は生じ得ない選挙運動業務に動員されているのだ。

おそらくは、徳田虎雄の頭の中は、病院職員は自分の子飼い、医療をやらせようと選挙運動をやらせようと同じ賃金を支払っておけば何の問題があるものか、というものであろう。しかし、選挙運動は、無償でなくてはならない。病院職員としての賃金を支払いながら、選挙運動をさせれば、典型的な運動買収罪(公選法221条1項)に当たる。強制性が問題なのではない。無償原則違反が問題となるのだ。

そこで、脱法のためのカムフラージュが必要となる。この種のカムフラージュの常套手段は、「欠勤の扱い」か「有給休暇の取得」かのどちらか。まったくのボランティアとして自主的に、無償で選挙に参加したという形づくりが必要なのだ。徳洲会では、「欠勤による給与の減額分は賞与で加算支給するほか、1日3000円の日当が賞与に上乗せする形で支払われていた」と報道されている。つまりは、形だけの「無償の選挙運動」の体裁をとりながらも、実質において選挙運動に対価を支払うことが、犯罪とされているのだ。

徳洲会と言えども、脱法の形づくりくらいはやっている。宇都宮君、君の場合は、どうだったろう。君は、雇傭している複数の事務職員を選対事務所に派遣していなかったか。何のカムフラージュさえもなくだ。君の頭の中も、松井や徳田と同じように、自分の法律事務所の事務員なのだから、選挙運動をさせたところで何の問題もない、というものではなかったか。君の指示に従わざるを得なかった職員の方をまことに気の毒に思う。君の罪は深い。

事態を飲み込めない人のために、解説をしておこう。公職選挙法221条1項は、「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもって選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき」というのが構成要件となっている。分かりやすく、抜き書きをすれば、「選挙運動者に対し金銭(この場合はいつものとおりの給与)の供与をしたとき」は、運動員買収として犯罪なのだ、選挙運動はあくまで無償が原則、「いつものとおり賃金は払うから、選挙事務所で働いてきてくれ」というのは、運動員に対する金銭供与として、この条文の典型行為としての犯罪に当たるのだ。

徳洲会側が運動員買収の犯罪主体となった場合は、最高刑は3年の懲役。しかし、候補者本人が犯罪主体となった場合は、「4年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金」となる。宇都宮君、君は大丈夫か。徳洲会とは規模が違う、ことはそのとおりだ。しかし、徳洲会よりも人員も金額も少ないから問題がない、ことにならないことはお分かりだろう。>
http://article9.jp/wordpress/?p=1795


<昨日お伝えした宇都宮君自身の選挙違反(運動員買収)の事実については、選挙が終わってしばらく、私は知らなかった。このことを私が知ったのは、岩波書店と熊谷伸一郎選対事務局長との関係を問題にしようとした際に、偶然宇都宮君自身から聞かされてのこと。

今年の2月のある夜。宇都宮君の法律事務所の一室で、会合があった。その席上、私は、熊谷伸一郎(岩波書店従業員)事務局長に質問した。

「あなたは、1か月も選対に詰めていたが、岩波からは有給休暇を取っていたのか」

既にこの頃は、私と他のメンバーとの亀裂は大きくなっていた。彼は、警戒してすぐには回答しようとしなかった。
「どうして、そんなことを聞くんですか」

私は、こう言った。
たとえば、東電が自分の社員を猪瀬陣営の選挙運動に派遣して働かせたとする。有給休暇を取っての純粋なボランティアならともかく、給料を支払っての派遣であれば、まさに企業ぐるみ選挙。私たちは黙っていないだろう。それが味方の陣営であれば、あるいは岩波であれば許されると言うことにはならない

このとき血相を変えんばかりの勢いで私を制したのが、高田健(許すな!憲法改悪・市民連絡会)さん。
「澤藤さん、そんなことを言うものじゃない。岩波と熊谷さんには、私たちがお願いして事務局長を引き受けてもらったんじゃないですか。その辺のところは、澤藤さんもご承知のはず。今ごろそんなことを言っちゃいけない」

助け船に勢いを得て、熊谷伸一郎事務局長(岩波)は「大丈夫ですよ。私は有給休暇をとっていましたから。それに、ウチはフレックス制ですから」と言っている。

思いがけずに、このとき続いて宇都宮君が発言した。その発言内容を明確に記憶している。
「えー澤藤さん。岩波が問題なら、ボクだっておんなじだ。ボクも、事務所の事務員を選対に派遣して選挙運動をお願いしたんだから」

これには驚いた。本当は、続けて発問したかった。いったい何人を派遣した? 誰を? いつからいつまで? 選挙運動って具体的にどんな仕事だったの? 賃金はいくら払ったの? 勤怠管理はどうしたの?…。しかし、制されて私は黙った。これ以上、彼らを刺激したら、大河(わたしの息子)と、とばっちりを受けたTさんの権利救済(名誉回復)の道は途絶えてしまうと考えてしまったからだ。

もちろん、私は、岩波書店従業員の熊谷伸一郎事務局長が、有給休暇をとって選挙運動にボランティアとして参加したとは考えていない。入社3年目の従業員が、あの時期にまるまる1か月の有給休暇が取れたはずはないからだ。また、彼が、真に有給休暇をとっていたとすれば、フレックス制に言及する必要はない。自ら有給休暇を取ってはいなかったことを自白したに等しい。なお、請負制の個人業者であればともかく、フレックスタイム制の従業員であったことが、公職選挙法違反を免責することにはならない。岡本厚岩波書店現社長も、選対メンバーのひとりである。熊谷伸一郎事務局長に便宜が図られたのであろうと考えている。

以上の経過のとおり、宇都宮君の選挙違反の事実は、彼自身の口から語られたもの。おそらくは、違法性の意識はなかったのだろう。しかし、この件での違法性の意識の欠如が故意の欠缺の理由にも責任阻却事由ともならない。犯罪の成立には何の影響も及ぼさない。>
http://article9.jp/wordpress/?p=1797

これに対して、宇都宮健児氏を支持する「人にやさしい東京をつくる会」(以下、「つくる会」と略)は、1月5日付の文書「澤藤統一郎氏の公選法違反等の主張に対する法的見解」を掲載し、澤藤氏に反論している。岩波書店に関連する箇所のみ引用する。


<澤藤氏は同ブログで、民間企業につとめながら選対の事務局長をつとめた熊谷氏について、「『 あ な た は 、1 か 月 も 選 対 に 詰 め て い た が 、…… 有 給 休 暇 を 取 っ て い た の か 』」と 問 い 詰 め 、「有給休暇を取得していた」という回答を得た経過を記したうえで、「私は、……事務局長が、有給休暇をとって選挙運動にボランティアとして参加したとは考えていない」と記載しているが、そこには何の根拠も示されていない。熊谷さんについて「入社3年目」と記載されているが誤りであり、実際には2007年に入社している。そもそも公選法が規定する「選挙期間」とは告示日以降の17日間に限定されるため、事務局長が「選挙運動にボランティアとして参加」していたのは17日間を超えることはありえない。週末や休日を含めれば十分に有給休暇で対応できる範囲内であり、また事務局長は休暇を取得しない日には勤務も行なっていた。そのような対応をしたという応答を得ているにもかかわらず、悪意ある憶測のみであたかも違法性があるかのように記すのは、会社員などの政治参加という観点からも問題である。

熊谷事務局長は、従前より都政問題についての市民活動にも参加してきた経歴を持ち、属する会社から業務命令として派遣されたものではなく、選対からの度重ねての要請により、自らの判断で事務局長の任務を引き受けたものである。澤藤氏は事実と証拠に基づかない私憤に基づく憶測から事務局長らの名誉を毀損する主張を繰り返している。

また、澤藤氏は、徳洲会が傘下の病院職員を選挙運動に送り込んだ例等を引き合いに出し、宇都宮氏が所属する法律事務所の事務員の方が、選挙事務所に自主的に出入りし、手伝いをなしたことをもって、宇都宮氏にも運動員買収があるとの主張をなしている。

法律事務所事務員は、熊谷事務局長と同様に、有給休暇によりボランティアとして参加したものであり、宇都宮氏に公職選挙法等の違反があるとの主張も全く理由がない。>
http://utsunomiyakenji.com/pdf/201401benngoshi-kennkai.pdf

澤藤氏はこの「つくる会」の批判を「およそ、説得力を欠く、「逃げ」の文章でしかない」とした上で、連載記事第17回から反論を行なっている。この澤藤氏の反論のうち、岩波書店に関連する箇所を見ておきたい。その中で澤藤氏は、徳洲会とUE社の「公職選挙法違反(運動員買収)疑い」に関して言及しているが、これらについてまず見ておく必要があるので、澤藤氏自身の文章を引用しておく。

<徳洲会事件とは何であったか。2013年9月18日付の中日新聞の記事を引用する。
「医療法人「徳洲会」グループが昨年12月の衆院選で、自民党の徳田毅衆院議員(42)=鹿児島2区=の選挙運動のために、全国から多数の職員を現地に派遣し、報酬を支払っていた疑いが強まり、東京地検特捜部は17日、公選法違反(買収)の疑いで東京都千代田区の徳洲会東京本部などを家宅捜索し、強制捜査に乗り出した。
 関係者によると、グループの系列病院に勤める医師や看護師、事務職員ら数百人が現地に派遣され、衆院が解散した昨年11月16日から投開票前日の12月15日まで、鹿児島市内や指宿(いぶすき)市、奄美市などで戸別訪問やポスター張りなどの選挙運動に従事。職員は欠勤扱いとなり給与は減額されたが、ボーナスを上乗せするなどして穴埋めする形で、事実上の報酬を支払ったとみられる。」

「石原宏高・UE社」事件も同様である。朝日の2013年3月16日付の記事。
「自民党の石原宏高衆院議員(48)=東京3区=が昨年の衆院選の際に、大手遊技機メーカー「ユニバーサルエンターテインメント」(本社・東京、UE社)の社員3人に選挙運動をさせた問題で、朝日新聞は、UE社内で作成された「3人は通常勤務扱いとし、残業代を支給する」などの記載がある内部文書を入手した。石原議員は疑惑発覚後、「有給休暇中のボランティアだった」として公職選挙法違反(運動員買収)の疑いを否定しているが、説明と矛盾する内容だ。」「『原則として通常勤務扱いで対応する』『選挙事務所にて残業(超過勤務)等が発生した場合には、残業代を支給する』などの記載がある。」

いずれも、「公職選挙法違反(運動員買収)疑い」の事件。徳洲会やUE社が選挙運動に派遣した職員に対して、給与を支払っていたことが運動員買収に当たる。それなりのカムフラージュを施したのだが、偽装のメッキが剥がれ落ちてのこと。>
http://article9.jp/wordpress/?p=1832

澤藤氏は「つくる会」の見解への批判にあたって、上の引用に続く部分を、「再掲」している。以下、澤藤氏の「つくる会」への批判のうち、岩波書店関連の箇所を引用する。


<まずは、「熊谷伸一郎さんが、フルタイムで選対事務局長の任務に就きながら、その間岩波書店から、従前同様の給与の支払いを受けていたのではないかという疑惑」についてである。やや煩瑣ではあるが、私の指摘を再掲して、「見解」が反論をなしえているかを吟味いただきたい。

「岩波書店に、(徳洲会やUE社と)同様の疑惑がある。もちろん、調査の権限をもっていない私の指摘に過ぎないのだから、疑惑にとどまる。だが、けっして根拠のない疑惑ではない。熊谷さんは、上司の岡本厚さん(現岩波書店社長)とともに、宇都宮選対の運営委員のメンバーだった。熊谷さんが短期決戦フルタイムの選対事務局長の任務を引き受けるには、当然のことながら上司である岡本厚さんの、積極的な支持があってのこと選対事務局長としての任務を遂行するために、岩波からの便宜の供与があったことの推認が可能な環境を前提にしてのこと。常識的に、岩波から熊谷事務局長に対して、積極的な選対事務遂行の指示があったものと考えられる。

昨年の2月、私の疑惑の指摘に対して、熊谷さんは、『私は有給休暇をとっていましたから。それに、ウチはフレックス(タイム)制ですから』と言っている。これだけの言では徳洲会やUE社の言い訳と変わるところがない。また、言外に、給与の支払いは受けていたことを認めたものと理解される。

真実、彼が事務局長として任務を負っていた全期間について有給休暇を取得していたのであれば、何の問題もない。しかし、それは到底信じがたい。では、フレックスタイム制の適用が弁明となるかといえば、それも無理だろう。コアタイムやフレキシブルタイムをどう設定しようと、岩波での所定時間の勤務は必要となる。フルタイムでの選挙運動事務局長職を務めながら、通常のとおりの給与の支払いを受けていれば、運動員買収(対向犯として、岩波と熊谷さんの両方に)の容疑濃厚といわねばならない。

根本的な問題は、熊谷さんが携わっていた雑誌の編集者としての職務も、選対事務局長の任務も、到底片手間ではできないということにある。両方を同時にこなすことなど、できるはずがない。彼が選対事務局長の任務について、選挙の準備期間から選挙の後始末までの間、岩波から給与を受領していたとするなら、それに対応する編集者としての労働の提供がなければならならない。それを全うしていて、選対事務局長が務まるはずはないのだ。それとも、勤務の片手間で選対事務局長の任務をこなしていたというのだろうか。それなら、事務局長人事はまことに不適切なものだったことになる。

どのような有給休暇取得状況であったか、また具体的にどのようなフレックスタイム制であったのか、さらに選挙期間中どのような岩波への出勤状況であったのか、どのように業務をこなしていたのか、知りたいと思う。労働協約、就業規則、労働契約書などを明示していただきたい。徳洲会やUE社には追及厳しく、岩波には甘くというダブルスタンダードはとるべきではないのだから」
(「その16」http://article9.jp/wordpress/?p=1832)

「見解」の主たる反論は、私の指摘には「何の根拠も示されていない」ということにある。その上で、「(熊谷)事務局長は休暇を取得しない日には勤務も行なっていた。そのような対応をしたという応答を得ている」という。宇都宮君が都知事になったとして、徳洲会や猪瀬の違法行為に対する追及はこの程度で終わることになるのだろう。こんなに露骨に身内に甘い体質では到底ダメだ。「そのような対応をしたという応答を得ている」などと言うふやけた調査で済ませる都知事候補を推薦することなどできようはずがない。

私は、宇都宮選対に違法行為があった場合のリスクを問題にしている。疑惑が立証された場合に、宇都宮君を推薦した政党や市民団体のクリーンなイメージに大きく傷がつくことになる。また、有権者に対する責任の問題も出て来る。「見解」は、説得的に疑惑はあり得ないとする論証をしなければならない。疑惑を指摘され、それを否定しようとする以上は、「疑惑のないこと」の立証責任を負担しているのだ。にもかかわらず、「見解」のこの投げやりな姿勢、自信のなさはどうしたことか。

「見解」は、「熊谷さんについて『入社3年目』と記載されているが誤りであり、実際には2007年に入社している」という。この点はおそらく私の誤りだと思うので、『入社5年目』と訂正する。ほかにも、細部で具体的な間違いがあれば、指摘に耳を傾けたい。

「見解」は、「そもそも公選法が規定する『選挙期間』とは告示日以降の17日間に限定されるため、事務局長が『選挙運動にボランティアとして参加』していたのは17日間を超えることはありえない」という。信じがたい稚拙な論理のすり替え。こんな小細工が却って疑惑を深める。その上、法解釈としても明らかに間違っている。

私は有給休暇の取得実態を問題にしている。いったい、熊谷さんには、当時何日分の有給休暇が残っていて、選対事務局長としてフルタイム稼働したほぼ1か月間に何日を消化したのだろうか。選対事務局長としてフルタイム稼働中の有給休暇の取得実態を問題にしているのに、敢えて選挙期間の17日間に限定して問題を考察しなければならない道理はない。そのように限定する予防的な姿勢が、「1か月全期間を問題にされては都合が悪い」という疑惑を生むことになる。

また、法的にも、運動員買収罪の成立は選挙期間中の17日間に限定されるという主張は明らかな間違いである。宇都宮陣営の弁護士がこんなことを言えば、徳洲会もUE社も大喜びだろう。

私は、公職選挙法221条1項1号違反を指摘している。買収の対象となる行為は、選挙運動の定義よりはるかに広い。また、買収・供応の犯罪は、選挙期間中に限定して成立するものではない。同条の文言からも、犯罪成立の時期について何の言及もなく選挙期間に限定されるものではない。立候補届出前の運動員の行為に対する対価の支払いにつき、本罪が成立するとした最高裁判例(1955年7月22日)もある。

「見解」は、「週末や休日を含めれば十分に有給休暇で対応できる範囲内であり、また事務局長は休暇を取得しない日には勤務も行なっていた」と言うが、これは明らかな誤謬の法解釈を前提とした不十分な調査の結論である。これで、疑惑が解消になるとは、起案者自身も考えているはずはない。

「見解」の起案者は、再度の調査をなすべきである。

そして、具体的にどのような有給休暇取得状況であったか、また岩波にはフレックスタイム制が存在するのか、存在するとしてどのようなフレックスタイム制であったのか、熊谷さんにはいつからどのようなフレックスタイム制が適用になっていたのか、さらに事務局就任以後の全期間についてどのような岩波への出勤状況であったのか、どのように岩波の業務をこなしていたのか。資料を添えて、明確にしなければならない。そうでなければ疑惑を解消したとは到底言えない。

さらに、「選対からの度重ねての要請により…任務を引き受けた」という「見解」の指摘が見逃せない。「法的見解」とされているから敢えて述べるが、岩波書店の熊谷さんへの運動員買収の疑惑は、「事務局長就任の動機が選対からの要請によるものであったか否か」とはまったく無関係である。選対が運動員買収を要請した事実のあろうはずのないことはさて措くとして、「見解」は何を論じているのかを見失っている。再三言っているとおり、私が指摘し問題にしているのは、公職選挙法上の犯罪成立の疑惑と、疑惑が立証された場合の種々のリスクなのである。「会社員などの政治参加という観点からも問題」などという立法論のレベルでの論争でも、市民感情における可非難性の有無の問題でもない。現行公選法に照らして、犯罪成立のおそれの有無を論じているのだ。「見解」の揺れる視座は、犯罪不成立と言い切ることに自信のないことを表白している。

「澤藤氏は事実と証拠に基づかない私憤に基づく憶測から事務局長らの名誉を毀損する主張を繰り返している」などと言うようでは、法的見解における弁明の放棄と解さざるを得ない。>
http://article9.jp/wordpress/?p=1848


2.

上記の記述をもとに、以下、若干の私見を述べることとする。

まず、上で引用したように、「人にやさしい東京をつくる会」は、「澤藤氏は事実と証拠に基づかない私憤に基づく憶測から事務局長らの名誉を毀損する主張を繰り返している」と主張している。しかし、澤藤氏が、熊谷が「世界」編集部員と事務局長を同時にこなすことの可能性について疑問を持つこと自体は自然なことである。

私の1年足らずの経験から言えば、「世界」編集部は深夜残業がほぼ恒常化しているほどの激務の職場であり(会社は、この期間の私への時間外労働分の支払いを、他の社員と異なり、拒否している)、長時間労働が慢性化している職場である。昨年、岩波書店労働組合「世界」編集部支部からの要請を受け、岩波書店労働組合が会社と長い間交渉し、「世界」編集部での校了作業日の深夜業務は、通常の深夜残業への割増額よりも多い割増賃金が支払われることになったが、これは「世界」編集部での仕事が相変わらず激務であることを示唆している。「つくる会」は、「世界」編集部の熊谷は有給休暇と「休暇を取得しない日」での「勤務」で対応したと主張しているが、この主張は、上記の事情から考えれば、かなりの日数の有給休暇が使われていることを前提としないと成り立たないと思われる。

私は岩波書店が「つくる会」と同じ認識であるならば(そして同じ認識であると思われるが)、なぜ澤藤氏の疑問に対してまともに答えようとしないのか、という強い疑問を持っている。なぜならば、もし本当に「つくる会」の主張どおりならば、澤藤氏への疑問への反論はそれほど難しくないと思われるからである。

岩波書店の全社員の出勤・退勤・外出などの勤務管理は、タイムカードに基づいて行なわれており、記録漏れがあった場合でも、管理者(上司)がチェックして該当者に改めて申請させるなどして、不備がないように管理されている。この勤務管理の記録は、各人がウェブ上でログインして確認することができ(上司を含めた管理者も確認可能)、有給休暇の記録も含めて、過去の勤務の状態を一目で確認することができる。この勤務管理については、もちろん裁量制(「フレックス制」)の職務に対しても行なわれている。そもそもこの勤務管理の導入自体が、勤務実態の把握により長時間労働の問題を解決する、という点を大きな理由(建前)として行なわれたものである。

岩波書店が運動員買収を行なっており、公職選挙法221条1項1号に違反しているとの澤藤氏の批判は、岩波書店にとって捨てておけない性格のもののはずである。また、「つくる会」は、澤藤氏の批判が熊谷の名誉を毀損していると主張している。岩波書店は、会社および社員の名誉を保護・回復する義務がある。「つくる会」の主張が真実であることを前提とすれば、熊谷の勤務管理データの記録等は澤藤氏の主張に対する極めて有力な反証となるのであるから、岩波書店は率先して澤藤氏に情報を開示し、会社および社員に対する嫌疑を晴らすべきである。5分もあればアクセスと印刷は終わるはずである。なぜそれをしないのだろうか。

また、「つくる会」の主張から、もう一つの重要な論点が発生している。

「つくる会」は、「熊谷事務局長は、従前より都政問題についての市民活動にも参加してきた経歴を持ち、属する会社から業務命令として派遣されたものではなく、選対からの度重ねての要請により、自らの判断で事務局長の任務を引き受けたものである」と主張している。ところで「選対」に関して、澤藤氏は、「岡本厚岩波書店現社長も、選対メンバーのひとりである。熊谷伸一郎事務局長に便宜が図られたのであろうと考えている」と述べている。「つくる会」は、熊谷が入社3年目ではなく入社5年目であると澤藤氏の主張を訂正しておきながら、岡本社長(2012年時点では取締役。2013年5月31日、社長就任)が選対メンバーの一人である(であった)との主張に関しては沈黙している。岡本社長が選対メンバーの一人である(であった)と見なしてもよいと思われる。

そうすると、「つくる会」の説明に従えば、2012年時点で取締役であった岡本社長は、役員であるにもかかわらず、「選対」として、社員(しかも元の直属の部下)に対して、有給休暇を取得して、また長時間労働が問題となっている職場であるにもかかわらず私的な時間を使って、自分が支持している政治運動を行なうよう命令した、ということになるのではないか。しかも、「選対からの度重ねての要請により」との「つくる会」の説明に基づけば、熊谷が引き受けることを渋っている(迷っている)にもかかわらず、岡本社長は事務局長を引き受けるよう「度重ねての要請」を行ない、ついに受け入れさせたということになるのではないか。そうだとすれば、これは前代未聞の事態である。

「つくる会」の説明を読んだ読者は、岩波書店は、役員が社員に対して、有給休暇を使わせて、自己の信じる政治運動を行なわせることが容認されている会社である、という認識を持ちかねないのである。このような「つくる会」の説明は、岩波書店の名誉を大きく傷つけるものとなりかねないので、岡本社長はこの件に関して、事実関係を公的に説明すべきである。

常識的に考えれば、役員が、有給休暇を使って会社を休んで政治運動をやれ、などと社員に対して言うことはありえないことである。澤藤氏が、岡本社長が熊谷に便宜を図ったのだろうと推測したのも当然である。長年「世界」編集長であり、熊谷の上司であった岡本社長が、「清宮さん(「世界」編集長)には僕が話しておく。有給休暇は使わなくていいし、勤務時間と重なってもいいことにする」とでも言わない限り、普通の社員ならば、引き受けられないだろう。もちろんこの場合には、澤藤氏が言うように違法となると思われる。


3.

上記の諸点に関して、当事者でもある岡本社長は、事態が岩波書店および社員の名誉を傷付ける性格のものである以上、公的に説明を行なうべきである。

また、澤藤氏の記述に従えば、岡本社長は現在でも宇都宮氏の選対メンバーの一員であるようである。取締役でありながら特定の選挙候補者の選対を務めていた、という事実自体が大きな問題であるが、社長でありながら特定の選挙候補者の選対を務めるということが、株式会社の社長として、しかも言論機関の企業として、あってはならないことは言うまでもない。前回記事で、岡本社長が「岩波書店社長」名義で、保坂展人・世田谷区長の政治資金パーティーの呼びかけ人に名を連ねていることについて指摘した。

私はそこで「岩波書店社長」としてその種の政治活動を行なうことが、株式会社岩波書店の持つイメージがその種の政治活動に利用されることを意味するのであって、会社の私物化となりかねないと述べた。岡本社長は、社長はその種の政治活動を行なうべきでない、という認識を全く持っていないようであるから、澤藤氏の記述から、現在でも岡本社長は宇都宮氏の選対メンバーの一員なのではないか、との強い疑いを持たざるを得ないのである。この件に関しても、岡本社長の公的な説明を求める。

岩波書店の小松代和夫総務部長が、公然と嘘をついていたことは既に指摘したとおりであるが(「岩波書店による、嘘と隠蔽に基づいた嫌がらせ・差別行為」参照)、縁故採用が問題化した際、岩波書店は、実態と完全に矛盾した弁明を行なっており(「メディア報道における岩波書店の弁明への疑問と批判」、「声明:岩波書店の縁故採用に改めて抗議する」 参照)、また、違反行為に対する労働基準監督署による行政指導の際にも、本来提出すべき労働時間管理記録の存在を隠蔽した過去がある(「岩波書店、労働時間管理記録を労基署に対して隠蔽」
参照)。老舗旅館や老舗企業、有名百貨店の腐敗と事故が話題になったが、それと同様の企業体質を持っているのではないかと私は考えている。

今回も、法律違反を犯したという事態を回避するために、何らかの嘘・隠蔽を行なっているのではないか、との疑いが読者には生じるかもしれない。このような疑いを読者に対して持たせないためにも、岡本社長および岩波書店は上記の諸点に関して、積極的に情報を開示し、公的な説明を行なうべきである。

(金光翔)
[ 2014/01/15 23:15 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

岩波書店の社長交代劇と岩波書店の今後 

1.

既に広く報道されているように、岩波書店では、5月31日をもって山口昭男代表取締役社長が退任し、6月1日より、新しい代表取締役社長に岡本厚取締役が就任した。

この件について、共同通信5月9日付の記事(「岩波書店新社長に岡本氏 節目の年で世代交代」)は、「同社秘書室は「節目の年で、世代交代を図ることになった」と話している。」と報じている。
http://www.47news.jp/CN/201305/CN2013050901001086.html

また、朝日新聞5月9日付の記事(「岩波書店の新社長に岡本厚氏内定」)は、「岩波書店は今年で創業100年を迎えることから、「世代交代をはかることになった」(同社秘書室)という。」と報じている。
http://www.asahi.com/culture/update/0509/TKY201305090127.html

このように、岩波書店は、今回の社長交代の理由は、創業100年を迎えたために「世代交代をはかる」からだ、と説明している。

しかし、この説明は極めて奇妙なものである。

岩波書店の役員の改選は、通常、2年に1回であり、2012年は全員留任だったため、本来ならば2014年5月末の株主総会及び臨時取締役会が、2012年の後の改選の機会だったはずである。したがって、2013年に改選が行なわれたことは、そもそも異例である。

2003年(山口昭男新社長就任)
http://www.shinbunka.co.jp/kakonews/2003/kako03-03.htm
2006年http://www.shinbunka.co.jp/kakonews/2006/kako06-06.htm
2008年http://www.shinbunka.co.jp/kakojin/2008/kakojin08-06.htm
2010年http://www.shinbunka.co.jp/news2010/06/100602-03.htm

また、「岩波書店労働組合カベ新聞第2964号」では、「社長に聞く」と題して、岡本新社長へのインタビューが掲載されているが、その中で、「今回の社長就任は、一社員として「えらく急だな」と受け取りました。いつごろ、前社長から話があったのでしょうか。」という問いに対して、岡本社長は、「今年の三月頃です。」と答えている。今年が創業100周年であることが社長交代の理由とされているにもかかわらず、社長交代が秘密裏に決まったのが今年の3月というのは変である。

また、雑誌『選択』2013年6月号では、今回の岩波書店の社長交代の真の原因は、「創業以来初という赤字」だと報じられている。この報道が事実であれば、今年が本来改選時期ではないことと、社長交代の話があったのは3月という岡本社長の証言からすれば、山口社長は、2012年度予算が「創業以来初という赤字」であったがゆえに、責任をとって辞職した、と言わざるを得ないと思われる。岩波書店は、もし社長交代が「世代交代」が理由であると主張するならば、経営状況の悪化が原因との記事に対して公的に抗議し、真偽を明らかにすべきではないか。

岩波書店は、縁故採用が問題化した際の実態と完全に矛盾した弁明や、私に対する小松代和夫総務部長による公然たる嘘・隠蔽工作と同じく、今回の社長交代に関しても、実態からかけ離れた、ごまかしの弁明を行なっているのではないか。そうした虚偽と隠蔽が企業体質となっているのではないか。

経営状況の悪化が原因で社長が交代したのであれば、本来そのことを公にし、役員体制を担った役員がしかるべき責任を負い、何が経営状況の悪化を招いたのかが真摯に検討されなければならないはずである。経営状況の悪化が原因であったにもかかわらず、そのことを隠蔽したまま何事もなかったように新体制で出発しようとするならば、それは端的に役員の責任逃れであり、経営状況の悪化の原因の真摯な検討などできるはずもないのではないか。

今回の役員改選で、社長と営業部長が退職したのであるが、これは責任の押し付けであると見ざるを得ない。新任の役員一名を除き、全員が、短くない時期を役員としてすごしてきているからである。

まず、岩波書店による縁故採用の昨年2月の発覚から2年近く経つが、その後、岩波書店の行なった(行政指導後も含めての)縁故採用方式を、日本のどの企業も行なっていない(少なくとも、行なったとは管見の範囲では報じられていない)点は、岩波書店の採用方式が、いかに社会規範、社会的常識・良識から乖離したものであるかを語っている。岩波書店による縁故採用が、岩波書店に対する読者の信頼を決定的に傷つけ、2012年度の書籍売上の大幅な低下につながっていることは明らかであると思われる。

そもそも総務担当役員は、縁故採用の不法性・不当性を認識しておかなければならないのであるから、岩波書店の縁故採用に関しては、当時の社長と並んで、小松代総務部長が責任を負うのは自明である。小松代総務部長は、縁故採用およびその後の弁明により社会的信頼を失ったことの責任をとり、即刻辞任すべきである。また、会社は、採用方式が縁故採用であったことを率直に認め、謝罪し、縁故採用を今後は行なわないことを公的に声明すべきである。

また、佐藤優起用に端的に現れている岩波書店の右傾化に対して、既存の読者が離れていっているということも、近年の売上低下の背景にあるだろう。会社の中心が編集・企画部門にある以上、責任を取るとすれば編集担当役員が真っ先に負うべきであることは自明であるが、近年の編集担当は宮部・小島・岡本と三人もいたにもかかわらず、今回一人も責任を負っていない。近年の編集担当役員のうち少なくとも一人も、既存の読者層を失ったこと、新規読者を開拓できなかったことの責任をとり、即刻辞任すべきであろう。


2.

ところで、現物を確認していないので断定はできないのだが、下の記事によれば、岡本社長は、「岩波書店社長」という肩書の下で、保坂展人・世田谷区長の政治資金パーティーの呼びかけ人に名を連ねているようである。
http://mutouha.exblog.jp/21209338

なお、下の2011年10月25日の「保坂展人世田谷区長パーティー」に関する記事には「岩波書店『世界』の岡本厚編集長をご紹介いただいた。保坂さんにはすごいブレーンがついている。」と書かれている。
http://yanada.txt-nifty.com/yanada/2011/10/post-b26b.html

また、岡本社長は、7月24日付の社内通信で、参議院選挙の結果に触れ、以下のように述べている。

「自民党は一強体制ですが、必ずしも強い支持ではない、と思います。このところの首長選挙などで簡単に負けている。なんとなく景気がよくなりそうだか ら(それはアベノミクスと関係ない、と伊東光晴先生は『世界』8月号で喝破しています)、民主党があまりにひどかったから、他に入れる党がないから、というのが「圧勝」の要因ではないか。
とはいえ、安倍総理が健康でありさえすれば、3年、あるいはそれ以上の長期政権になる可能性があります。憲法や集団的自衛権の問題も、この間に押し出してくるでしょう。
私たちは、まずはそう覚悟を決めて、慌てることなく、また悠長すぎることもなく、おかしいことはおかしいと、一つ一つ、しっかりと主張していきましょう。」

社員は、政治結社としての岩波書店に就職したわけではないのである。岩波書店は株式会社であって、政治団体ではないのであるから、もし「社長」名義で呼びかけ人に名を連ねていれば大きな問題である。社長として公的に特定の政治家または政治団体の政治活動を擁護することは許されない。また、「私たち」などと、社員が参議院選挙の結果に失望し、自民党政権に否定的認識を持っていることを自明視するかのごとき発言を行なうのも奇妙である。

岡本社長が『世界』編集長時代、さまざまな分野、特に日韓・日朝関係でさまざまな政治的活動を行なってきたことは知られているが、「岩波書店社長」としてその種の政治活動を行なうことは、株式会社岩波書店の持つイメージがその種の政治活動に利用されることを意味するのであって、会社の私物化となりかねないのではないか。

もっとも、以前の記事「岩波ブックレット『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』をめぐる一件」で書いたように、会社をあたかも政治団体のごとく捉える感覚は、むしろ岩波書店の体質的なものなのかもしれない。

これに対して、「創業百年記念文芸」として岩波書店から刊行された関川夏央『昭和三十年代 演習』(2013年5月28日刊)は、「日本人は持ち前の不勉強と善意の「贖罪意識」のゆえか、また日本の「民族主義」には警戒的かつ抑制的なのに、東アジアのそれに対してはいわれなく好意的であったためか、そののち三十年も北朝鮮評価を誤ったのでした。」(147頁)という一節からも分かるように、全編を通して岩波書店(のイメージ)への稚拙なあてこすりに終始した本である。その中には次のような一節すらある。

「昭和四十八年頃から共産党にかわって労働党と「友党」関係になったのが日本社会党です。のちの社民党ですが、その事実上の消滅の原因は、土井たか子、福島瑞穂の学級会的ふるまいと言動だけではなく、北朝鮮の肩を持ち、日本人拉致について「先方がないといっているんですから、ないんです」と土井たか子がいい放つような無知と無責任にもあったでしょう。カルト国家と堕した北朝鮮に限らず、コリアと関わるのは難しいのです。」(134~135頁)

私はいろいろ調べたのだが、ネットの落書きのような類はいざ知らず、管見の範囲では、土井が日本人拉致について「先方がないといっているんですから、ないんです」などと言ったという典拠を見つけることができなかった。土井がこんなことを実際に言っていたとすれば、極めて重大な問題であるから、関川または岩波書店に、その典拠を公的に明らかにしていただきたいのである。明らかにできないのであれば、出版社としての倫理が根本的に問われるような問題ではないのか。

この本の「「あとがき」にかえて」には、「先進国水準に達して久しい韓国がナショナリズムを消費したがる傾向は、感心できません。そのうえ、ナショナリズムとは結局「民族至上主義」ですから、韓国がそれにすがるなら、北朝鮮の愚行と蛮行を恥じなくては平仄があいません。韓国がそのあたりをあえて無視しているのは、やはり「物語」だからだね。――というようなことを岩波書店の坂本政謙さんに話したところ、それをぜひまたやってください、といわれました。」(189~190頁)という記述のような、「在特会」まがいの主張もあるのだが、それはさておき、岡本社長の政治志向は、それへの反発からの(当人の主観では)逆の政治志向を産み出しており、出版物として刊行されている。このような現象は、「多様性」「寛容性」などというよりも、むしろ「末期症状」と言われかねないのではないか。

岩波書店に必要なことは、特定の政治的立場の表明でもなく、それとは一見反対の、各自の編集者のばらばらな政治的嗜好の表明の許容でもなく(こうした出版物が売れているならばまだ分かるが)、徹底した「脱政治」であろう。政治・社会問題が絡まない分野の出版の拡充や、「学術」性の信頼性の構築に重点を置くべきであろう。また、編集者が、特定の著者に対して出版の便宜をはかることで、退職後の勤務先を斡旋してもらおうとするかのごとき事例があれば、厳しく審査し、取り締まるべきであろう。遅きに失した感はあるが、そのためには、「岩波書店の著者」なる概念に基づく出版活動の進め方を見直し、外部編集者との契約や委託などをはじめとして、根本的に編集体制の在り方を変えない限り、どうしようもないのではないか。

2014年1月に会社の「構造変革」案を発表するなどと経営は主張しているが、そのような「構造変革」には、前述のように役員の辞任、「脱政治」を軸とした抜本的な編集体制の変化が不可欠だろう。これらは、普通の出版社ならば当たり前のことである。

(金光翔)

(※記事を一部修正した。2013年12月19日)
[ 2013/12/12 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

岩波書店による、嘘と隠蔽に基づいた嫌がらせ・差別行為 

岩波書店による、過去の時間外労働の未払い分の清算の件については、以前の記事に書いた。その記事の時点では、会社と岩波書店労働組合との間での交渉は継続中であったが、これは、2012年9月27日時点で在籍している岩波書店労働組合員全員に対して、2012年10月31日以前の時間外労働の未払い分として、希望者に15万円を会社が支払うことで妥結した(2013年1月24日)。支払いの際には、社長が一人一人に声を添えて渡すことも決められた。

また、会社は、同時に15万円を、部長・課長にも同じくそれぞれ支払うとのことであった。

ところで、記事「岩波書店、労働時間管理記録を労基署に対して隠蔽」で述べたように、私は、2008年6月から2010年5月までの時間外労働分として、11万2410円を受け取った。

今回の15万円はそれより3万7590円多いので、3月1日に、首都圏労働組合として差額分の3万7590円を私に支払うよう会社に求めた。ところが3月8日に出された会社の回答は、以下のようなものであった。

「貴組合からの2013年3月1日付「要求書」について回答します。
貴組合員金光翔氏には、2010年11月29日付「清算同意書」に基づき、未払い分を2010年12月24日に支給済です。
首都圏労働組合員である金光翔氏に、岩波書店労働組合との合意内容が適用されることはありません。よって、今回の要求には応じることはできません。
以上」

このように会社は、私に対して差額分は支払わない姿勢を明らかにしたのである。私以外の社員約200人全員、しかも割増賃金を貰っているはずの、岩波書店労働組合員ではない部長・課長も含めた全員に、希望があれば15万円を支払う旨を伝えているにもかかわらず、会社の中で私一人にだけは、支払わないと言っているのである。

私は会社がここまでわかりやすい嫌がらせを行なってくるとは予想していなかったので、大変驚くとともに、大きな怒りを覚えた。


しかも、会社の姿勢は、これから述べるように、嘘と隠蔽を基にしたものだったのである。

私に対して差額分を支払わないという姿勢を明らかにした上記の3月8日、小松代和夫総務部長は、以下のように述べている。やりとりを再現する。

小松代「金さんとは、この時期に、首都圏労働組合として要求されて、それで回答したわけです」
私「この時期、とはいつですか」
小松代「いえ、ですから2010年です。それはそれとしてやっているわけですよ。で、岩波労組とは岩波労組と協議をしていて、岩波労組との協議と首都圏労働組合員である金さんとの協議は別々でやっているわけですよ。ですからこれは差別ということではなくて」


この小松代総務部長の発言は、このブログの読者ならば、極めて奇妙なものであることに気付くであろう。以前の記事で書いたように、2011年4月1日付の文書で、この小松代総務部長は私に対して、岩波書店労働組合が金を除名し、また、私が所属しているという首都圏労働組合は実態が不明であるため現時点では存在を認められないから、このままでは私を「解雇せざるをえない」と通知してきたのである。それならば、2010年の時点で会社が首都圏労働組合と交渉した、などと認識していたはずがないではないか。

私は会社の主張がおかしいと思ったものの、会社の回答にあるところの「清算同意書」を確認した上で、後日改めて交渉しようと考え、その場はそれで終えた。

ところが、この「清算同意書」が、いくら探しても見当たらないのである。その後、私が私事で忙しくなったこと、岩波労組と会社との間の合意が一旦取り消され、一律15万円支払いの先行きが不透明になったことから(注)、岩波労組との会社との間の協議が落着することを待って、改めて要求することにした。

その後、岩波労組と会社の間での協議が改めて妥結して、希望者には一律15万円が支払われることになった。また、部長・課長に15万円支払われることは変わっていない。

そして、6月末に、100名以上の希望者に対して、岡本厚代表取締役社長自ら手渡しで、15万円を支払った。岡本社長は、7月24日付の社内通信で、以下のように書いている。

「6月に就任以来、現場の声を聞く、ということで、まずは各部の部長さんたちからヒアリングを始めました。自分に一番遠い営業局から始め、 お一人お一人と1時間くらいずつ話し、つい最近、編集局の副部長さんで一通り終わりました。近く各部の課長さんたちのヒアリングを始めるつもりです。よろしくお願いします。
その一方、これは期せずして、ということですが、いわゆる「過去清算」の件で、多くの課員の方と対面で話をすることができました。100名以上の方々です。私も長いこと岩波書店に勤めているのですが、顔は知っていてもお話をするのが初めて、という方もおられました。岩波書店への思い、自分の仕事への思いと誇り、普段語ることのあまりない、胸の内を語ってくださいました。感謝いたします。

ここで岡本社長は、支払い対象について、「課員」と書いており、岩波労働組合員とはしていない(「課員」とは平社員のことである)。内容的にも、明らかに社員に関する記述である。

また、15万円を受け取った「課員」は、以下の内容の「受領書」に署名捺印し、会社に渡すことになっている。

「1.2012年10月31日以前における所定労働時間外勤務手当および休日勤務手当の清算金として、金150,000円を受領しました。
2.上記清算金の受領によって、2012年10月31日以前における所定労働時間外勤務および休日勤務に関して全て解決し、これについて会社との間に、債権、債務のないことを確認します。」

そこで、会社に対して改めて差額分を要求することにしたが、問題は「清算同意書」である。これはどうしても見当たらなかったが、考えてみれば、受け取った記憶もないので、7月4日のメールで、小松代総務部長宛に、「清算同意書」を私に実際に渡していたのかを確認し、あわせて、渡していたならばその写しを出すこと、渡していなかったのならば、何を根拠としてこのような「回答書」を私に渡したのか、説明することを求めた。

ところが小松代総務部長は、同日の返事で、内容を伝えるのではなく、「2010年11月29日付「清算同意書」とは、会社が用意した「清算同意書」に金さんが署名捺印をし、会社が受け取った書面のことです。」とのみ回答してきた。私は、同日、以下のメールを送った。

「それならば私は受け取っていないわけですね。
会社の過去清算に関する3月8日の回答書には、「「清算同意書」に基づき、未払い分を2010年12月24日に支給済です」とあります。
したがって、私が署名捺印したとされる、その「清算同意書」が具体的にどのような内容であるかをこちらは知る必要があります。
当然ですが、私が署名捺印した文書に関しては、私からの請求があった場合、提示する義務があるでしょう。
したがって、明日までに、当該「清算同意書」およびそれへの私の署名捺印の写しを、私に渡すよう求めます。
当たり前ですが、本来、清算同意書の内容について、3月8日の回答時に会社は伝えるべきだったはずです(こちらが持っていない以上、確認のしようがないのですから)。
「清算同意書」を探すに費やした時間および労力について、会社の謝罪をあわせて要求します。」

これに対して小松代総務部長は、その日の夜(私の帰宅後)のメールで、コピーを見せると回答してきたが、その他のこちらの要求については回答しなかった。

私はこの時点で、会社の対応を非常に奇妙に思った。会社は、3月8日に、「清算同意書」が具体的にどのようなものであるかを示さなかったのである。そして、小松代総務部長の同日の説明にあるように、2010年の交渉時には首都圏労働組合の要求に応じて支払った、と主張しているのである。そして今回また、「清算同意書」の現物を見せよというこちらの要求に対し、コピーならば見せると回答しているわけである。なぜここまでして、焦点の「清算同意書」の現物を見せることを回避しているのだろうか。コピーならば、現物からの修正など簡単に可能である。

私が再度現物を見せるよう要求した結果、翌日、ようやく小松代総務部長は現物を見せることを了承し、夕方に確認した。内容は、以下のとおりである。

「清算同意書
株式会社岩波書店
代表取締役社長 山口昭男殿

私の2008年6月から2010年5月までに実施した時間外労働および休日労働の時間外賃金および割増賃金の未払い分は、金112,410円 であることを確認し、2010年12月24日の賃金支払日に支払われることに同意します。

2010年11月29日
制作局校正部 金光翔(署名)印」

署名の所属は、「制作局校正部」となっている。3月8日の小松代総務部長の説明のように、「首都圏労働組合として要求されて、それで回答した」のであれば、私の所属は「首都圏労働組合」でなければおかしいはずである。この「清算同意書」から明らかなように、2010年時点での交渉において、私は、社員として交渉して社員として未払い分を受け取っている。つまり、小松代総務部長および岩波書店は、3月8日に、嘘の説明を行なっていた、ということである。

会社としては、3月8日の回答で、私があきらめることを予想していたのではないか。その時点で会社しか「清算同意書」を見れば、「首都圏労働組合として要求されて、それで回答した」などという説明が虚偽であることは簡単に分かるが、だからこそ3月8日には提示しなかったのではないか。また、だからこそ、現物を見せることを渋り続けたのではないか。

要するに、岩波書店は嘘までついて、私に対する嫌がらせを行なっているわけである。もともと、未払い分清算で一般的な、過去2年間分の支払いという方式を会社が採らなかったのは、私と他の社員との差別を明確にするためであることを会社は認めている(記事「岩波書店経営陣の呆れた主張――「時間外労働の過去清算」」参照)。私に対する憎悪が病的なところにまで達しているのである。

また、支給の対象期間においても明確な差別がある。私以外の社員は、入社から数えて、2012年10月31日までの全期間の未払い分として15万円を貰うことになっているのである。それに対して私が貰ったのは、2008年6月から2010年5月までの期間の未払い分に過ぎず、入社(2003年12月)から2008年5月までの期間と、2010年6月から2012年10月までの期間の未払い分については貰っていない。特に、『世界』編集部在籍期間の2006年4月から2007年3月にかけては、残業は当たり前で、深夜にまで至る日も珍しくなかったが、この期間の残業代に関しても1円も貰っていない。単に額だけではなく、2008年5月以前の労働に対して、全社員の中で私だけが時間外労働の支給対象になっていないのは、明らかな差別である。

岩波書店による私への嫌がらせが、私が『世界』編集部在籍時に、佐藤優の起用が在日朝鮮人として耐えられないことを主な理由として、『世界』編集部に居続けることを拒否したことから始まっていることに端を発していることも、今さら言うまでもない。岩波書店は、在日朝鮮人としての良心の自由から、異動願を出した私の行為を不当なものと見なし、一貫して嫌がらせを続けている。これは民族差別ではないのか。こうしたことを平然とやっておきながら、社長である岡本厚は、「「世界」は、朝鮮半島との関係を大切にしてきた。それは日本自身のためにそれが重要なことだと考えてきたからだ。」「朝鮮半島との関係を問うことは、即ち日本の近代のあり方を問うことである。日本社会に染み付いた強固な帝国意識、冷戦意識を問い、それと闘うことである。」などと『世界』編集長辞任にあたって書いている。どこまで厚顔無恥なのであろうか。

今回の岩波書店の私に対する措置は、この会社が公然と嫌がらせと民族差別を行なうこと、しかも、そのためには嘘・隠蔽すら行なうことを示したものである。

まさかこんなことを名のしれた会社がやるはずもない、と思われる人がいるかもしれないが、縁故採用が問題化した際、岩波書店は、「岩波書店の著者」に対して会社自ら推薦を依頼していた事実を隠蔽した上で、マスコミ向けには「応募者の熱意や意欲を把握したかった」などと、実態と完全に矛盾した姑息な弁明を行なっていたのである「メディア報道における岩波書店の弁明への疑問と批判」「声明:岩波書店の縁故採用に改めて抗議する」 参照)。少し前に、老舗旅館や老舗企業の腐敗と事故が話題になったが、それと全く同じである。

岩波書店の今回の、嘘と隠蔽に基づいた嫌がらせ・差別行為に対しては、徹底的に闘っていく。


(注)
いったん妥結した岩波労組と岩波書店との合意が破棄された経緯は、この記事で指摘している、岩波書店が公然と嘘と隠蔽を行なっているという事実を裏書きするものでもあるので、紹介しておこう。

2013年1月24日の妥結の際に、岩波労組委員長は、「一律15万円という提案内容で合意いたします。ただし、このことで個々人の労働債権を制約しておりません。」「繰り返しになりますが、個々人の債権の部分はそれぞれの方に残っております。」と発言している。つまり、労働組合が、個別の労働者に属する債権としての時間外割増賃金債権を勝手に処分することはできないから、仮に労使間で妥結したとしても、個々の組合員は会社に対して過去の不払い分を請求でき、この15万円を受け取る事実に何ら拘束されない、ということである。

岩波労組は、上の認識を、1月24日の妥結時だけでなく、会社との協議が始まった2012年9月27日から一貫して繰り返し述べてきていたとのことであり、山口昭男社長(当時)は、1月24日に、上記の委員長の説明に対して、「合意に関する見解を聞いた」と述べている。

その上で、2月20日に、岩波労組員に15万円を支払う、との「合意書」が締結されることになったわけであるが、2月22日に、自分の債権額を確認に行った岩波労組員に対して会社は、「岩波労組とは既に合意を結んだから、15万円の支払いにより個人の労働債権はすべて清算される。それ以上は一切支払いに応じない」と回答したのである。ここから大騒ぎになり、同日、岩波労組と会社との間で話し合いがもたれ、支払い予定日であった2月25日の支払いも延期となったのである。岩波労組は会社の対応に対して、1月24日の労使合意を裏切った責任は会社にあると批判している。

会社としては、15万円を社長が手渡した、という既成事実を作れば、後で何か言われても切り抜けられる、と踏んだのだろう。私のような方式で、15万円とは別に未払い分を請求する社員が、25日より前に出ることを想定していなかったのだろう。

その後、会社は3月21日の通告書によって、この合意書を破棄することとなり、希望者に対して、個人の労働債権を清算するという条件で15万円支払う、ということで労使間の合意がなされた。


(金光翔)

[ 2013/09/03 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)


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