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続・岩波書店の就業規則改定案について  

岩波書店の就業規則改定案のうち、「岩波書店の著者」への「誹謗もしくは中傷」を懲戒解雇に関係づけることが不当であることは言うまでもないが、そのことを端的に示す例をいくつか挙げておく。

1.

『世界』2003年2月号に、「本誌編集部」を執筆者として、「朝鮮問題に関する本誌の報道について」と題した一文が掲載されている。当然、文責は、当時の編集長である岡本厚・現社長にある。その中に、以下の一節がある(強調は引用者、以下同じ)。

<2002年9月17日の日朝首脳会談で、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金正日国防委員長の口から日本人拉致の事実が明らかにされ、8名の死亡が告げられて以来、日本のマスコミは拉致問題一色となった。それは、ようやく入り口にたどりついた日朝交渉そのものも中断させてしまうような、異様ともいうべき事態を作り出している。日朝間の交渉を入り口にまで導いた外交官が、あたかも北朝鮮の利益を図っているかのごとく罵倒され、これまで日朝の正常化のために力を砕いてきた政治家、政党、組織、言論などが、あたかも「北朝鮮の手先」であるかのごとく攻撃されている。
 長く朝鮮問題を取り上げてきた本誌も例外ではない。
 北の政府に同調的だった、賛美していた、あるいは韓国の人権問題にはあれだけ力を尽くしたのに、北の人権問題に無関心なのはおかしい云々。中には本誌が韓国の民主化運動を取り上げたのは、北を支援するものだったのではないかと邪推したり、本誌と岩波書店を<岩波書店、『世界』はいかにして金王朝の「忠実なる使徒」と化したか>などと鬼面人を驚かすタイトルで攻撃する研究者もいる。
 本誌は、これら論者の個々の指摘に対して、反論や弁解をする必要は認めない。これらの批判は、記事の時代的背景を無視して引用したり、乱暴な曲解を施した上でのきわめて意図的なキャンペーンであると考えるからだ。>

ここで「<岩波書店、『世界』はいかにして金王朝の「忠実なる使徒」と化したか>などと鬼面人を驚かすタイトルで攻撃する研究者」と書かれている人物は、『諸君!』2003年1月号に「岩波首脳、『世界』はいかにして金王朝の「忠実なる使徒」と化したか」というタイトルの文章を寄稿した鄭大均を指すことは明らかである。名誉棄損は、名前を出さなくても、文脈や状況でその人物であることが明らかであれば成立する。

鄭大均は、岩波書店が刊行している雑誌『思想』823号(1993年)に「韓国ナショナリズムの性格」と題した論文を寄稿しており、また、2013年10月には岩波現代文庫の1冊として『韓国のナショナリズム』を刊行している。岩波書店は、岩波書店の雑誌等の刊行物に一度でも寄稿していれば「岩波書店の著者」だ、としているので、鄭大均はれっきとした「岩波書店の著者」である。

岡本社長は、鄭の文章について、「記事の時代的背景を無視して引用したり、乱暴な曲解を施した上でのきわめて意図的なキャンペーン」だと言っている。これは、「誹謗もしくは中傷」に当たらないのだろうか。岡本社長の主張が真実であれば「誹謗もしくは中傷」には当たらないと言えると思われるが、鄭の当該文章は、三段組み9頁にわたるものであり、ここでの鄭による批判の全てが「記事の時代的背景を無視して引用したり、乱暴な曲解を施した上でのきわめて意図的なキャンペーン」と言うのは難しいと思われる。

例えば、鄭は「北の「過去」が悪しきものであるなら、当然のことながら、長い友好関係を維持してきた『世界』にも問われるべきことが多々あると思われるのだが、それはなされないのか」と批判しているが、これは極めて多くの人間が当時感じた疑問であろう。そして疑問に対してはレッテル貼りすることなく答えればよいのではないか。鄭の文章を「記事の時代的背景を無視して引用したり、乱暴な曲解を施した上でのきわめて意図的なキャンペーン」などと主張するのは、「誹謗もしくは中傷」に該当しないのだろうか。

また、岡本社長は、当時、「岩波書店の著者」への誹謗中傷が懲戒解雇に関連付けられるという規定が就業規則にあった場合、鄭大均に関する上記の一節を書けたのだろうか。

鄭は当該文章の中で、「岡本厚氏のようにこの言葉(注・「強制連行」という言葉)を積極的に使い、その政治的プロパガンダをなおも推進しようとする者がいる。」「氏(注・岡本社長)自身も金王朝の忠実な使徒といわれてもおかしくないのではないか。」と書いている。このように書いている人物も「岩波書店の著者」であるが、それでは「岩波書店の著者」なる概念に内容的な意味は全くないのではないのか。ましてや、それへの批判(解釈次第で簡単に「誹謗もしくは中傷」とされる)が懲戒解雇と関連付けられるなど、支離滅裂ではないのか。仮に「プライベートで著者を誹謗中傷するのは許されないが、自社の出版物上でならば許される」というのならば、なぜ自社の出版物上で許されるものがプライベートでは許されないか(しかも、日本国憲法や世界人権宣言で保障されている権利であるにもかかわらず)、明確な理由を説明してもらいたいものである。

なお、鄭大均といえば、2007年11月28日に宮部信明・編集部長兼取締役(当時。現在は専務取締役)に対して私が、「私は、今後の市民としての活動において、在日朝鮮人としての立場から、鄭大均を批判対象とする可能性が高い」と述べたところ、「まあそうだろうなと思いますね、それは」と言った上で、「岩波書店の著者」については、「イデオロギーの違いは関係ない」と述べている。
http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-16.html

つまり、今回の就業規則改定案で、岩波書店は、鄭大均のような人物に対して在日朝鮮人が怒ることを明確に認識しておきながら、それに対して正当な(?)批判から少しでもずれれば「懲戒解雇」するぞ、と脅しているわけである。『関東大震災 「朝鮮人虐殺」の真実』(産経新聞出版、2009)などで関東大震災での朝鮮人虐殺を否定した工藤美代子も「岩波書店の著者」である(1991年に『悲劇の外交官』を岩波書店より刊行)。こうした人物に対して批判したいという在日朝鮮人として当然の欲求を会社は「懲戒解雇」の名の下に抑圧しようとしている。

在日朝鮮人である愼蒼宇氏、鄭栄桓氏、ZED氏といった人々は、今回の会社の就業規則改定案が「民族差別」であると批判している。上の点からも、「民族差別」ということになるのではないか、という疑問を持たざるを得ない。

http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-50.html

http://kscykscy.exblog.jp/24259534/

http://roodevil.blog.shinobi.jp/%E7%A4%BE%E4%BC%9A/%E6%B3%95%E3%81%AE%E6%BF%AB%E7%94%A8%E2%80%95%E2%80%95%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%9B%B8%E5%BA%97%E3%81%AE%E5%B0%B1%E6%A5%AD%E8%A6%8F%E5%89%87%E6%94%B9%E5%AE%9A

なお、「朝鮮問題に関する本誌の報道について」で鄭大均について実質的に言及されていることは、このブログの読者からの指摘により知った。ここに記して感謝する次第である。


2.

2013年10月に岩波書店から刊行された苅部直『物語 岩波書店百年史3』には、以下の一節がある。文中の「岩波ブックレット」とは1984年12月に刊行された大江健三郎・安江良介『『世界』の40年』である。後に社長となる安江は当時、『世界』編集長兼取締役である。

< 岩波ブックレットでの大江との対談のなかには、そうした状況の変化に対する安江の苛立ちを示しているくだりもあった。吉野源三郎、広津和郎、大内兵衛と、『世界』に縁の深い人々についての思い出を語りあったのち、大江が「しかし戦後四〇年の『世界』の歴史の中で一番劇的な人間というと、やはり清水幾太郎氏なのじゃないかと思うんですね」と水を向けると、安江は清水に対する激しい非難の言葉を述べはじめる。

 清水さんはご存じのように、六〇年安保の頃から非常に急進的な主張に変わり、その後また大きく反転して、広島・長崎の原爆体験をしている日本だからこそ、日本は核武装すべき、核武装し得る最大の資格をもっているのだという、グロテスクな発言をされるようになった。この過程は信じがたいと言うべきか、あるいは劇的というべきか、いずれにしても転々とした軌跡ですね。しかし私には、レトリックが先に出て、からまわりしてきた知識人ではないかという見方があります。

 この対談の時期には清水はまだ元気で活躍中であること、また岩波新書から出た清水の著書『論文の書き方』(一九五九年)と、訳書であるE・H・カー『歴史とは何か』(一九六二年)がベストセラー、ロングセラーとして版を重ねていたことを考えると、出版社役員の発言としてはかなり大胆な批判である。発言のなかで広津・大内や丸山真男について安江は「先生」と呼んでいるのに対し、二八歳も上で丸山よりも年長の清水は「清水さん」。一九六〇年の安保反対運動のころ、『世界』編集部員として担当したときの経験も語られているが、そのころはきっと「清水先生」と呼んでいたことだろう。「グロテスク」「からまわり」という強烈な表現を用いた内容に加えて、「さん」付けにも、「反転」した清水に対する憎しみがこもっている。>(139~140頁)

安江の清水に対する非難は「誹謗もしくは中傷」とされかねないものであるが、ここでの安江には「岩波書店の著者」への「誹謗もしくは中傷」を問題視する、という発想がそもそも見られない。自身の部下だった岡本厚・現社長が、後に「岩波書店の著者」への誹謗中傷を「懲戒解雇」としようとすることなど、安江には想像すらできなかっただろう。

なお、同書の「あとがき」で苅部は、同書の「直接の担当」として、現・常務取締役である小島潔の名前を挙げている。小島は就業規則改定案を作成する際に、同書のこの一節についてどう考えたのだろうか。小島も、安江編集長の下で『世界』編集部員だった人物である。

また、以前書いたように、岩波書店の元社員の小野民樹氏は、岩波書店在籍中に発表した『60年代が僕たちをつくった』(洋泉社、2004年5月刊)で数多くの岩波書店批判、社員(経営者)批判、「岩波書店の著者」批判を展開している。
http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-18.html

この本の出版に関して、小野氏は会社から何の処分も受けていない。同書は刊行直後、社内でも大いに話題になり、毀誉褒貶があったが、私の知る限り、「岩波書店の著者」への誹謗中傷を理由として懲戒(解雇)の対象とせよ、という主張は聞いていない。当時はそうした発想すら、そもそも誰も持っていなかったのではないか。もしそうした認識が社内にあったならば、編集部部長まで務めた小野氏が、同書を在籍中に刊行するはずもないだろう。


3.

以上、見てきたように、「岩波書店の著者」への誹謗中傷を懲戒解雇の対象とするという発想は、かつての岩波書店では考えられすらしなかったものであるように思われる。朝日新聞や毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞、多数の地方紙、諸雑誌などを含む「関係取引先」への誹謗中傷が懲戒解雇の対象となるなど、かつてならば、冗談の類と思われただろう。言論封殺のために便宜的に作られた規定であるとしか言いようがないのではないか。

しかも、「岩波書店の著者」の定義自体がどんどん拡大しているのである。2007年11月28日時点の会社の説明では、「岩波書店から1冊でも本を出版するか、または、『世界』等の岩波書店の雑誌で何回か記事を書いた人」であった。これが、2012年2月の縁故採用に関する騒動以降は、岩波書店の雑誌等の刊行物に一度でも寄稿していれば「岩波書店の著者」ということになっているのである。この間、定義の変更に関する説明は何もない。

今回の就業規則改定案は、岩波書店の経営陣が、「言論・表現の自由」の価値や、「反差別」の重要性など全く信じていないことを露呈させたように思われる。

(金光翔)
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[ 2015/04/01 02:21 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)


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