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岩波書店の社長交代劇と岩波書店の今後 

1.

既に広く報道されているように、岩波書店では、5月31日をもって山口昭男代表取締役社長が退任し、6月1日より、新しい代表取締役社長に岡本厚取締役が就任した。

この件について、共同通信5月9日付の記事(「岩波書店新社長に岡本氏 節目の年で世代交代」)は、「同社秘書室は「節目の年で、世代交代を図ることになった」と話している。」と報じている。
http://www.47news.jp/CN/201305/CN2013050901001086.html

また、朝日新聞5月9日付の記事(「岩波書店の新社長に岡本厚氏内定」)は、「岩波書店は今年で創業100年を迎えることから、「世代交代をはかることになった」(同社秘書室)という。」と報じている。
http://www.asahi.com/culture/update/0509/TKY201305090127.html

このように、岩波書店は、今回の社長交代の理由は、創業100年を迎えたために「世代交代をはかる」からだ、と説明している。

しかし、この説明は極めて奇妙なものである。

岩波書店の役員の改選は、通常、2年に1回であり、2012年は全員留任だったため、本来ならば2014年5月末の株主総会及び臨時取締役会が、2012年の後の改選の機会だったはずである。したがって、2013年に改選が行なわれたことは、そもそも異例である。

2003年(山口昭男新社長就任)
http://www.shinbunka.co.jp/kakonews/2003/kako03-03.htm
2006年http://www.shinbunka.co.jp/kakonews/2006/kako06-06.htm
2008年http://www.shinbunka.co.jp/kakojin/2008/kakojin08-06.htm
2010年http://www.shinbunka.co.jp/news2010/06/100602-03.htm

また、「岩波書店労働組合カベ新聞第2964号」では、「社長に聞く」と題して、岡本新社長へのインタビューが掲載されているが、その中で、「今回の社長就任は、一社員として「えらく急だな」と受け取りました。いつごろ、前社長から話があったのでしょうか。」という問いに対して、岡本社長は、「今年の三月頃です。」と答えている。今年が創業100周年であることが社長交代の理由とされているにもかかわらず、社長交代が秘密裏に決まったのが今年の3月というのは変である。

また、雑誌『選択』2013年6月号では、今回の岩波書店の社長交代の真の原因は、「創業以来初という赤字」だと報じられている。この報道が事実であれば、今年が本来改選時期ではないことと、社長交代の話があったのは3月という岡本社長の証言からすれば、山口社長は、2012年度予算が「創業以来初という赤字」であったがゆえに、責任をとって辞職した、と言わざるを得ないと思われる。岩波書店は、もし社長交代が「世代交代」が理由であると主張するならば、経営状況の悪化が原因との記事に対して公的に抗議し、真偽を明らかにすべきではないか。

岩波書店は、縁故採用が問題化した際の実態と完全に矛盾した弁明や、私に対する小松代和夫総務部長による公然たる嘘・隠蔽工作と同じく、今回の社長交代に関しても、実態からかけ離れた、ごまかしの弁明を行なっているのではないか。そうした虚偽と隠蔽が企業体質となっているのではないか。

経営状況の悪化が原因で社長が交代したのであれば、本来そのことを公にし、役員体制を担った役員がしかるべき責任を負い、何が経営状況の悪化を招いたのかが真摯に検討されなければならないはずである。経営状況の悪化が原因であったにもかかわらず、そのことを隠蔽したまま何事もなかったように新体制で出発しようとするならば、それは端的に役員の責任逃れであり、経営状況の悪化の原因の真摯な検討などできるはずもないのではないか。

今回の役員改選で、社長と営業部長が退職したのであるが、これは責任の押し付けであると見ざるを得ない。新任の役員一名を除き、全員が、短くない時期を役員としてすごしてきているからである。

まず、岩波書店による縁故採用の昨年2月の発覚から2年近く経つが、その後、岩波書店の行なった(行政指導後も含めての)縁故採用方式を、日本のどの企業も行なっていない(少なくとも、行なったとは管見の範囲では報じられていない)点は、岩波書店の採用方式が、いかに社会規範、社会的常識・良識から乖離したものであるかを語っている。岩波書店による縁故採用が、岩波書店に対する読者の信頼を決定的に傷つけ、2012年度の書籍売上の大幅な低下につながっていることは明らかであると思われる。

そもそも総務担当役員は、縁故採用の不法性・不当性を認識しておかなければならないのであるから、岩波書店の縁故採用に関しては、当時の社長と並んで、小松代総務部長が責任を負うのは自明である。小松代総務部長は、縁故採用およびその後の弁明により社会的信頼を失ったことの責任をとり、即刻辞任すべきである。また、会社は、採用方式が縁故採用であったことを率直に認め、謝罪し、縁故採用を今後は行なわないことを公的に声明すべきである。

また、佐藤優起用に端的に現れている岩波書店の右傾化に対して、既存の読者が離れていっているということも、近年の売上低下の背景にあるだろう。会社の中心が編集・企画部門にある以上、責任を取るとすれば編集担当役員が真っ先に負うべきであることは自明であるが、近年の編集担当は宮部・小島・岡本と三人もいたにもかかわらず、今回一人も責任を負っていない。近年の編集担当役員のうち少なくとも一人も、既存の読者層を失ったこと、新規読者を開拓できなかったことの責任をとり、即刻辞任すべきであろう。


2.

ところで、現物を確認していないので断定はできないのだが、下の記事によれば、岡本社長は、「岩波書店社長」という肩書の下で、保坂展人・世田谷区長の政治資金パーティーの呼びかけ人に名を連ねているようである。
http://mutouha.exblog.jp/21209338

なお、下の2011年10月25日の「保坂展人世田谷区長パーティー」に関する記事には「岩波書店『世界』の岡本厚編集長をご紹介いただいた。保坂さんにはすごいブレーンがついている。」と書かれている。
http://yanada.txt-nifty.com/yanada/2011/10/post-b26b.html

また、岡本社長は、7月24日付の社内通信で、参議院選挙の結果に触れ、以下のように述べている。

「自民党は一強体制ですが、必ずしも強い支持ではない、と思います。このところの首長選挙などで簡単に負けている。なんとなく景気がよくなりそうだか ら(それはアベノミクスと関係ない、と伊東光晴先生は『世界』8月号で喝破しています)、民主党があまりにひどかったから、他に入れる党がないから、というのが「圧勝」の要因ではないか。
とはいえ、安倍総理が健康でありさえすれば、3年、あるいはそれ以上の長期政権になる可能性があります。憲法や集団的自衛権の問題も、この間に押し出してくるでしょう。
私たちは、まずはそう覚悟を決めて、慌てることなく、また悠長すぎることもなく、おかしいことはおかしいと、一つ一つ、しっかりと主張していきましょう。」

社員は、政治結社としての岩波書店に就職したわけではないのである。岩波書店は株式会社であって、政治団体ではないのであるから、もし「社長」名義で呼びかけ人に名を連ねていれば大きな問題である。社長として公的に特定の政治家または政治団体の政治活動を擁護することは許されない。また、「私たち」などと、社員が参議院選挙の結果に失望し、自民党政権に否定的認識を持っていることを自明視するかのごとき発言を行なうのも奇妙である。

岡本社長が『世界』編集長時代、さまざまな分野、特に日韓・日朝関係でさまざまな政治的活動を行なってきたことは知られているが、「岩波書店社長」としてその種の政治活動を行なうことは、株式会社岩波書店の持つイメージがその種の政治活動に利用されることを意味するのであって、会社の私物化となりかねないのではないか。

もっとも、以前の記事「岩波ブックレット『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』をめぐる一件」で書いたように、会社をあたかも政治団体のごとく捉える感覚は、むしろ岩波書店の体質的なものなのかもしれない。

これに対して、「創業百年記念文芸」として岩波書店から刊行された関川夏央『昭和三十年代 演習』(2013年5月28日刊)は、「日本人は持ち前の不勉強と善意の「贖罪意識」のゆえか、また日本の「民族主義」には警戒的かつ抑制的なのに、東アジアのそれに対してはいわれなく好意的であったためか、そののち三十年も北朝鮮評価を誤ったのでした。」(147頁)という一節からも分かるように、全編を通して岩波書店(のイメージ)への稚拙なあてこすりに終始した本である。その中には次のような一節すらある。

「昭和四十八年頃から共産党にかわって労働党と「友党」関係になったのが日本社会党です。のちの社民党ですが、その事実上の消滅の原因は、土井たか子、福島瑞穂の学級会的ふるまいと言動だけではなく、北朝鮮の肩を持ち、日本人拉致について「先方がないといっているんですから、ないんです」と土井たか子がいい放つような無知と無責任にもあったでしょう。カルト国家と堕した北朝鮮に限らず、コリアと関わるのは難しいのです。」(134~135頁)

私はいろいろ調べたのだが、ネットの落書きのような類はいざ知らず、管見の範囲では、土井が日本人拉致について「先方がないといっているんですから、ないんです」などと言ったという典拠を見つけることができなかった。土井がこんなことを実際に言っていたとすれば、極めて重大な問題であるから、関川または岩波書店に、その典拠を公的に明らかにしていただきたいのである。明らかにできないのであれば、出版社としての倫理が根本的に問われるような問題ではないのか。

この本の「「あとがき」にかえて」には、「先進国水準に達して久しい韓国がナショナリズムを消費したがる傾向は、感心できません。そのうえ、ナショナリズムとは結局「民族至上主義」ですから、韓国がそれにすがるなら、北朝鮮の愚行と蛮行を恥じなくては平仄があいません。韓国がそのあたりをあえて無視しているのは、やはり「物語」だからだね。――というようなことを岩波書店の坂本政謙さんに話したところ、それをぜひまたやってください、といわれました。」(189~190頁)という記述のような、「在特会」まがいの主張もあるのだが、それはさておき、岡本社長の政治志向は、それへの反発からの(当人の主観では)逆の政治志向を産み出しており、出版物として刊行されている。このような現象は、「多様性」「寛容性」などというよりも、むしろ「末期症状」と言われかねないのではないか。

岩波書店に必要なことは、特定の政治的立場の表明でもなく、それとは一見反対の、各自の編集者のばらばらな政治的嗜好の表明の許容でもなく(こうした出版物が売れているならばまだ分かるが)、徹底した「脱政治」であろう。政治・社会問題が絡まない分野の出版の拡充や、「学術」性の信頼性の構築に重点を置くべきであろう。また、編集者が、特定の著者に対して出版の便宜をはかることで、退職後の勤務先を斡旋してもらおうとするかのごとき事例があれば、厳しく審査し、取り締まるべきであろう。遅きに失した感はあるが、そのためには、「岩波書店の著者」なる概念に基づく出版活動の進め方を見直し、外部編集者との契約や委託などをはじめとして、根本的に編集体制の在り方を変えない限り、どうしようもないのではないか。

2014年1月に会社の「構造変革」案を発表するなどと経営は主張しているが、そのような「構造変革」には、前述のように役員の辞任、「脱政治」を軸とした抜本的な編集体制の変化が不可欠だろう。これらは、普通の出版社ならば当たり前のことである。

(金光翔)

(※記事を一部修正した。2013年12月19日)
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[ 2013/12/12 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)


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