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「自分には責任はない。もう関係もない」と主張する岩波書店労働組合・元書記長 

1.

かつて私は、『週刊新潮』の私に関する記事掲載誌の発売にあわせて、典型的な御用組合である岩波書店労働組合(岩波労組)による、私への攻撃が激しくなったことを記した。詳しくは「『週刊新潮』の記事について⑦:記事の尻馬に乗る岩波書店労働組合」「岩波書店労働組合による私への「嫌がらせ」「いじめ」について①」などを見ていただきたいが、久々の記事なので、改めて簡単に振り返っておこう(このブログの読者はこの節は飛ばしていただいてもよい)。

岩波労組執行委員会は、『週刊新潮』の発売日である2007年11月29日の夕方(『週刊新潮』の吊革広告は前日に出るから、この時点で当然、『週刊新潮』の記事の件は知られていただろう)、私の実名入りでの批判文を社内食堂に大きく掲載する。それに止まらず、執行委員会は、掲載から1週間後の12月6日に、印刷された同じ批判文を、組合員全員200名前後にわざわざ配布する。

岩波書店は、12月5日に私に対して、既に述べたように支離滅裂な理屈で「厳重注意」を行い、しかも同時に役員臨席の下、各部署でわざわざ臨時部会・課会まで開いて全社員に周知徹底させている(ここまで大きな規模で、会社が全社的に周知徹底させようとするのは、少なくとも私の入社以来、この時のみである)。それでいて会社は、新潮社に抗議しないのかという私の質問に対して、会社は『週刊新潮』の記事で被害を被っていないなどと答えているのだから、私への嫌がらせとしか言いようがないだろう。

そして、岩波労組執行委員会は、私や論文「<佐藤優現象>批判」に関して、12月17日に、「一社員に対する厳重注意について」を議題とする職場会(参加者47名)を開催し、また、2008年1月21日には、私や論文に関して「組合員のなかでもさまざまな意見が出されたり憶測が生じたりし、また執行委員会がどう対応していくのかを質問されることが少なくなかったため」、「この問題に関する情報を共有する集会」(参加者45名)を開いたのである(岩波労組『活動の報告 明日の課題 from JULY2007 to JUNE2008』による)。

この1月21日の集会については、上の『活動の報告 明日の課題』では、「一組合員についての集会」と題されて記述されているように、私個人に関する「情報を共有する」ためのものとして開催されたようである。

私は組合を既に脱退していたのでもちろん出席しなかったが、それらの集会で私に関してどういったことが話されていたのか執行委員会に聞いたところ、2月18日に田村真理委員長(当時)は、執行委員会で検討した結果、「答える必要がない」という結論になった、それが「回答」だ、などと言ってきた。

要するに、岩波労組は、社内で大人数で2度にわたって私個人に関する「情報を共有する」ための集会を公然と開きながら、肝心の私に対してはその話の中身を教えない、というカルト宗教じみた行動を行なっているのである。それでいて、金の脱退は絶対認めない、組合費を払え、と要求してくるのであるから、頭がおかしいとしか言いようがあるまい。

今回の裁判で、新潮社側は、『週刊新潮』に情報を提供し、取材に協力したのは、以前から『週刊新潮』記者と「信頼関係」があった岩波書店社員、『世界』編集部員、岩波労組関係者であると主張している。そして岩波書店は、この主張に関する社内での調査・確認や再発防止措置をとることを一切拒否している。

『週刊新潮』の記事に岩波書店上層部が前もって関与していたかは分からないが、事実経過を見る限り、少なくとも、岩波書店と岩波労組が『週刊新潮』記事に便乗して、私を集中的に攻撃し、退社に追い込もうとしていたと見ることができるだろう。

排外主義そのものの主張をメディア上で広範に流している佐藤優を、「良心的」ということになっており、そのような自意識を持っている出版社が最も積極的に起用しているという、誰が見ても明白な矛盾を指摘した私に対して、社員の(しかも私人として発表した)文章を批判したとか「壁新聞」を引用したとか愚にもつかない理由をつけて、一斉に「魔女狩り」を行なってきたわけである。そのくせ、肝心の、佐藤優起用問題に関しては誰も触れず、社内ではタブーのままである。

上のような事実は、この「首都圏労働組合特設ブログ」で書かない限り、恐らく絶対に外部に明らかにならなかったと思われる。このブログで、岩波書店・岩波労組の恥知らずな攻撃を書くようになってから、両者からの攻撃は少し弱くなったが、私が労働基準監督署に時間外労働が一切未払いという状態の是正を要請し、労基署からの会社への指導が入って以降、また攻撃がエスカレートしてきていることは既に記しているとおりである。


2.

前置きが長くなった。本題に入ろう。

上の事実経過の中で、それぞれ、会社と岩波労組執行委員に一人ずつ、戦後歴史学関係やポストコロニアル関係など、いわゆる「良心的」とされる本を数多く担当している編集者がいる。会社(役員)は、小島潔取締役で、この人物については既に述べたので繰り返さない。

そして、岩波労組執行委員は、名前を隠してやる義理もないので記しておくが、吉田浩一という人物である。吉田は、『岩波講座 アジア・太平洋戦争』の編集担当者の一人(このことは外部で吉田自ら公にしている)であり、その他にも日本近現代史、中東関係の本(土井敏邦氏のパレスチナ関係の本など)、岩波ブックレットの本を数多く担当している。

吉田は、当時の執行委員会(注)で、書記長という重役を担っている(書記長と委員長・副委員長が組合三役)。

私は「<佐藤優現象>批判」の「注63」で、船橋洋一編『いま、歴史問題にどう取り組むか』(岩波書店、2001年)から引用し、馬場公彦の主張との異同について検討した。私はこの本を、会社の図書室で借りていたのだが、『インパクション』が発売されたばかりの2007年11月前半(まだ岩波労組も私に対して抗議等を行なっていない時点)で、吉田はわざわざ私の校正部の席にまでやって来て、「『いま、歴史問題にどう取り組むか』をなるべく早く読みたいのだが、図書室の本は金君が借りていると記録されている。できれば早めに返しておいてもらえないか」とお願いされた。私はもちろん了解して、次の日あたりに返却したはずである。

私が入社して以来、次の人物が早く読みたいということで図書室の本を早く返すよう催促されたのは、後にも先にもこの1回のみである。ほぼ間違いなく、吉田は私の論文関係で同書を借りようとしたのだと思われる。恐らく私の引用の正確さや、馬場の主張との異同などを確認しようとしたのだろう。筆者としては喜ぶべきかもしれないが、吉田はそこまで細かく私の論文を読んでいるのである。ちなみに、吉田は馬場と大変親しく、共同での企画もよくやっている。

聞くところによると、執行委員会は私の論文全文をコピーしたものを、執行委員全員やその他の組合員に配布していたという。掲載誌くらい買えよ、それでも出版社の社員か、と呆れざるを得ない。それはともかく、私を攻撃する点に関して、執行委員会内部では誰も異論を持っておらず、一様に激怒していたとのことであり、また、吉田の書記長という職責および吉田の私の論文への強い関心、馬場との交友関係等から考えて、岩波労組による私への一連の攻撃に、吉田はかなり深く関与していると見てよいであろう。


3.

私は、かねてから、当時の執行委員に、2008年1月21日の私に関する集会の内容や、『週刊新潮』の記事が出た直後に、たかだか組合報から、それも業務とは何の関係もない箇所を引用しただけで、個人攻撃したことにおかしさを感じなかったのか等について聞いてみたかった。当時の執行委員12人の誰でもよかったのだが、上で述べたような点から、特に吉田には見解を聞きたいと思っていた。そこで、社内で吉田を見かけたので、この件について聞くことにした。2010年11月11日17時すぎのことである。

まず私が、上述の、2008年1月21日の私に関する集会についてどのような話がなされたのかを教えてほしいと述べたところ、吉田は、「なぜ今さらそんなことを聞くのか。なぜ僕に聞くのか。自分は答えたくないし、答える義務もない」などと答えてきた。

私が、「別にいつ聞いてもいいし、吉田さんも執行委員だったんだから聞いてもいいですよね」と答えると、吉田は、「あなた、来なかったんでしょ」などと、来なかった私が悪いとでも言うような発言を行なった。私が、「そんな気持ち悪い場に行くわけがない。私に関して話し合ったという内容を伝えるのは当たり前ではないか」と反論すると、「僕はその集会に出ていないし、知らない」と答えた。

書記長である吉田が知らないはずがないではないか。私が、「集会に出ていなかったとしても後で報告を受けたはずでしょう。簡単に調べられるはずでしょう」と言うと、吉田は、「調べ直す義務はない。それについて答えたくない」と言う。

私が、「吉田さんは当時、執行委員だったのだから、そういう集会を開催した責任があるでしょう」と言うと、吉田は、「責任なんてないよ。何回も言うけど、答えたくないし、答える義務もない。組合に直接聞いて下さい。僕はもう関係ない」などと言う。私が、「それはおかしいでしょう。吉田さんは当時の執行委員で、その時点での行為に責任があるでしょうと言うと、吉田は怒鳴りだして、「関係ないよ!組合の立場と個人の立場はそれぞれ別に決まってるでしょう!直接組合のしかるべきチャンネルを通じて聞きなさいよ!おかしいんじゃないのか!」などと声を荒げ出した。

私が、「逆ギレですか。吉田さんは執行委員としての責任があるでしょう」と応じると、吉田はそれ以降、「責任なんてないよ。答える義務はない」の一点張りだった。

以上のやりとりを、私たちは5階の階段で行なっていた。私ははじめ及び途中で、ちゃんと話すために、また職場に迷惑にならないように1階のロビーに行くよう提案したのだが、吉田は拒否したのである。やりあっているのを聞きつけたのか、5階にいた部長(役員)が止めに入ってきたのだが、吉田は「何とかしてくださいよー」とこの役員にお願いしていた。自分の、労働組合員としての過去の行為の責任が問われているにもかかわらず、吉田は、役員にすがって責任逃れをしようとしているのである。どこまで卑しいのだろうか。

一応この部長が止めに入ったので私もそれ以上聞くのはやめたが、吉田は去り際、「どうせこのことはブログに書くんだろ?書けよ!書けばいいよ!」と叫んでいた。その結果書かれたのがこの記事である。

吉田の態度の卑劣さに改めて驚かざるを得ない。吉田は岩波書店労働組合書記長として、『週刊新潮』の記事掲載前後以後の、岩波労組による私への行為について、少なくとも任期内(2007年7月から2008年6月まで)は重大な責任を有するはずである。私に反論して、その行為の正当性を弁明するのであればまだ分かるが、吉田は、「個人としての」吉田は責任はないし、今はもう関係もないから答える必要がない、などと反論しているのである。無責任極まりないのは言うまでもないが、こんな馬鹿げた主張を真顔で主張する吉田の社会常識の欠如にも呆れざるを得ない。

なお、この吉田の、特定の個人に対して犯罪的なことを犯しておきながら、自分は無責任だと主張する態度は、前々回記したように、私への「ヤクザみたいな男」その他の誹謗中傷を社内中に配布しておきながら、「あれは金さんを指したものとは必ずしも言えない」などと責任を否定する、現在の岩波書店執行委員会の態度と瓜二つである。組織全体が腐っているから、同じような卑劣な思考様式になるのであろう。

笑い話であるが、吉田は日本近現代史専攻だったらしく、日本軍の問題を指摘する本も多数編集している。だが、吉田の態度が、「無責任の体系」を体現しているものであることは明らかであろう。吉田の態度は、ユダヤ人虐殺への加担の責任を問われて、自分は役職上の業務を遂行しただけであって、責任はないと反論した、アイヒマンをも想起させる。

吉田の態度は、小心さの裏返しということでは勿論ないのであろうし、「書けよ!書けばいいよ!」と自分の主張に自信を持っているようであるから、吉田からの反論を期待する次第である。


(注)当時の執行委員会の面々については、以前記した文章を再掲載しておこう。

「現在の執行委員会は12名から構成されているが、この中には、現役の岩波ジュニア新書編集部員、また、少し前まで長らく岩波ジュニア新書編集部員だった編集者(現在は自然科学書編集部員)も含む。「いじめ」をはじめとした教育問題に関する「ジュニア」向けの本に携わっている(いた)人間が、こうした露骨な「いじめ」を率先して行なうのである。「大人社会にいじめが蔓延しているのだから、子供社会からいじめがなくなるはずもない」とはよく言われることだが、ここにその典型がある(ちなみに、執行委員の中には児童書編集部員もいる)。

また、戦後歴史学関係(『岩波講座 アジア・太平洋戦争』など)や中東関係の本(土井敏邦氏のパレスチナ関係の本など)、岩波ブックレットの本を数多く担当している編集者も執行委員の一人である。この人物は、執行委員会による私への一連の嫌がらせにも積極的に加担しているようだから、今回の私への「いじめ」にも積極的に関与していると見るべきだろう。恐らく、私の論文やブログの記事の批判により、岩波書店の「進歩派」としての体面が傷つけられたと考えて、私を潰すことでイメージを維持したいと考えているのだろう。

また、岩波新書編集部員の編集者も、執行委員の一人である。この人物は、元『世界』編集部員であり、新書では政治・経済関係の本を担当し、単行本では斎藤美奈子の本などを手がけてきている。恐らく、上の人物と似た動機で、私への「嫌がらせ」「いじめ」に加担していると思われる。ちなみに、この人物は、金子雅臣『壊れる男たち』(岩波新書)の担当編集者であるが、金子には、笑えることに、『職場いじめ』(平凡社新書)という著書がある。」

なお、岩波労組の人々は、自分たちは特定個人たる私に関して中傷文書を社内中に配布しているにもかかかわらず、私のブログ上で実名が記されることをほとんど病的なまでに嫌っており、そのことに対して抗議してくる。これは、彼ら・彼女らが、ネットの匿名掲示板で誹謗中傷を行なっているような人間と同質の心性を持っていることを浮き彫りにしていると言えよう。自らの社会的行為は責任を有するという、当然の社会常識を自覚していただくためにも、当時の執行委員会の実名を挙げておくことにしよう。田村真理(委員長)、賀来みすず(副委員長)、平木靖成(副委員長)、吉田浩一(書記長)、太田順子、浅木ミツ子、猿山直美、森康晃、山田まり、浅枝千種その他2名の12名。若年者は発言権がなかったと思われるので公開対象から一応除外した。


(金光翔)
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[ 2010/12/12 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)


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