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岩波書店、労働基準法違反により、労働基準監督署から是正勧告を受ける 

1.

今年の5月21日に、労働基準監督署がついに岩波書店に対して行政指導を行なった。

周知のように、時間外労働(残業・休日労働)に関しては、従業員の過半数で組織する労働組合または過半数を代表する人物と会社の間で、協定(三六協定)が締結され、それが労働基準監督署に届出されていない限り、会社が従業員に命じることは認められていない(労働基準法第36条)。

普通の会社ならば当然のように三六協定は存在するが、岩波書店では、三六協定のないまま、違法残業が行なわれてきていたのである。つまり、残業代は、これまで社員に一切支払われたことがないのである(注)

労働基準監督署の指導によって、6月7日に、会社は岩波書店労働組合(以下、岩波労組)に三六協定を締結するとの意向を示した。岩波労組は早速、翌6月8日に、この件について会合を開いている(臨時職場会「議題:労働基準監督署の是正勧告を受けての会社提案について」)。会社は、6月15日に、岩波労組に対して、三六協定案(「時間外労働及び休日労働に関する協定書(案)」を出してきた。この2ヶ月ほど、社内ではこの三六協定の件は大いに話題になっている。岩波労組はこの問題をめぐって大騒ぎしており、組合報はこの話題ばかりだ。

岩波労組は、6月30日に、笹山尚人弁護士を呼んで「三六協定学習会」を開き、当日の笹山弁護士の講演のレジュメに内容・質疑応答を補足したものを、全組合員に配布している(「執行委員会ニュース」第13号、2010年7月7日付)。そこから抜粋しよう(強調は引用者、以下同じ)。


「実態として、時間外労働があり、それを解消する見通しがないにもかかわらず、その時間外労働に関し労使協定を締結しないということは法律上はあり得ない。三六協定がない企業も現実にはたくさんあるが、法的に争えばほぼ例外なく「違法」となる。
 労基署が明確に探知した場合、このまま労使協定が締結されないままの状況が継続し、それを悪質と労基署が判断した場合、最悪の場合経営者が逮捕される事態となりうる。」

「第2 岩波書店をめぐって、今後予想しうる事態
1 36協定に対する否定的態度は?(法律上は「否定的態度」はありえないが)
予想されるリアクション
経営者から
・労組が拒否し続けるとしたら、「非現実的な態度」と思われるだろう
労働者から
・法知識は広がっているので、「結ぶべき」と考える人が多数であるのではないか。団結上結ばない、などというのはおかしい、と考えている人がいるのはおかしくない。
・協定締結が団結上不利になるとも思われない。
・労基法上必要で労基署が探知している以上、結ばない選択はないのではないか。」


岩波書店は、このような状態の下で、残業に対して一銭も払うことなく、数十年間を過ごしてきたわけである。逆に、どうしてこのような状態が数十年も続いてきたかという点に、読者は疑問を持つだろう。
だが、この疑問への解答はそれほど難しくない。

確かに残業代は出ないが、岩波書店の現在のタテマエは、週33時間労働である。編集者、特に若い編集者にとって、この規定はほぼ無意味化しており、彼ら・彼女らが深夜まで勤務することは珍しくない。私も『世界』編集部に在籍時は、この状態で、次の日の明け方に帰宅することもしばしばあった。ところが他方では、会社の規定上は法定労働時間より少ない労働時間で帰れるのであるから、それほど忙しくない人間にとっては、これは悪くない規定なのである。そして、岩波労組を牛耳ってきた人物や影響力の強い職場は、それほど忙しいものではない。したがって、岩波労組から三六協定の締結を主張する可能性はほとんどない。

そして、そもそも岩波労組は完全な御用組合である。一例を挙げると、組合委員長は退任後、通常、1年以内に課長職に就く。この6月までは、会社の8人の役員中、2人が組合委員長経験者で(この6月に1人が退任)、1人が副委員長経験者であった。現在の制度下で、会社は本来支払わなければならない残業代を大幅にカットできているのであるから、現制度が会社の意志であるのだから、御用組合である岩波労組が自分から三六協定締結を言い出すはずもない。

また、労働基準監督署にこの違法状態を通知するのは、個人がやるのは難しい。通達した本人の身元が、会社にバレない保証はないからである。また、私の見てきた範囲では、仕事の過剰に悩んでいる人間は、労働基準監督署に駆け込むよりも、転職を選ぶ。

だいたい、このような理由で、60年間このような違法状態が放置されてきたのではないかと私は考えている。


(注)このことは既に元・岩波書店社員(執筆時は現役の社員)の小野民樹に指摘されている。

「一九七〇年代はじめ、岩波書店の大卒初任給は普通の会社の二倍はあり、賃金には物価スライドが適用され、その指数とともに給料が毎月はねあがるのだった。七〇年代半ばまでは労使ともに、世界一短い労働時間、日本一の給料などとうそぶいていた。しかし、いろいろな意味で戦後民主主義の砦だった岩波は、日本社会の構造的変化に思想的についていけなかった吉野源三郎の不肖の弟子たちと共産党支配の組合の無策によって、経営的にも追いつめられていった。労働条件よりも理念を上に置く労働協約の精神は、ひとたび経営不振が見舞えば、負荷は「知的労働者」にたやすく転嫁され、残業のない会社は単に残業料がでない職場に変化した。いまに至るまで、残業料支払いが労使交渉の場に正式にもちだされたことはない。民主的経営の岩波書店には残業はありえないのである。」(小野民樹『60年代が僕たちをつくった』洋泉社、2004年5月、198頁)

なお、休日労働に関しては、一応、代休制度が存在する。


2.

なお、既に会社にも岩波労組にも伝えているが、労働基準監督署に会社への指導を要請したのは私である。かねてからこのような状態には問題があると考えていたが、岩波書店の社員が『週刊新潮』への虚偽も含めた情報を密告し、記事内で誹謗中傷を行なっていることが明らかになっているにもかかわらず、これを容認する会社の姿勢に接したのがそのきっかけである。このような状態では安心して仕事ができず、そのためにはまず、この違法状態を是正させる必要がある、と考えて、労基署に指導を要請した次第である。

「岩波書店、社員の『週刊新潮』への密告を容認」で詳しく書いたので、そちらを是非ご参照いただきたいが、この件に関する経過について、行論の必要上、簡単に触れておく。

私の裁判の第6回口頭弁論(2010年3月18日)で、『週刊新潮』の記事の第一通報者が岩波書店社員であったこと、また、この社員の紹介により別の「岩波書店組合関係者」が取材に協力していたことが明らかになったため、私は同じ18日の夕方に、この社員2名の調査と、再発防止措置をとることを会社に求めた。

会社は、「社員が取材に応じるのは自由」などと言っているが、そのような認識の下で、『週刊新潮』記事のような誹謗中傷記事が掲載されることが容認されているのであれば、私に関して岩波書店社員の密告をもとにした同様の中傷記事が再び出る可能性もあり、落ち着いて仕事ができるはずもないからである。

ところが、会社が3月25日に出してきた回答は、「今回の申し入れの内容は、現在、民事訴訟で係争中であるので、会社としては申入書にお答えすることは適当でないと判断します。」などというものだった。しかも、訴訟が終わった後ならば答えるのかと聞くと、そういうことでもないという。要するに会社は、岩波書店社員の密告や誹謗中傷を容認し、再発防止措置をとらない姿勢を明らかにしたのである(同じような記事が出ることに期待しているのかもしれない)。会社の回答は倒錯以外の何者でもないのであって、本来、社員(ここでは私)への明白な人権侵害が争われている裁判なのだから、常識的に言えば、会社は社員の人権を守るために社員に積極的に協力するのが筋である。「民事訴訟で係争中」であるからこそ本来協力すべきなのであって、「係争中」だから答えられないというのは、理屈としても意味不明である。このような会社の姿勢が、密告した岩波書店社員、週刊新潮、佐藤優の側に岩波書店が立つことを鮮明に示したものであることは明らかである。

私は、会社が私の18日の回答要求にまともに応じない可能性は大いにあると考えていたので(実際にそうなったが)、23日に、残業代に関する申入書を提出した。そこでは、以下の諸点について述べている。


・現在、三六協定が締結されておらず、残業代が支給されていない状態であることを私は遺憾に思っている。

・私は現在、自分が入社以来、どの程度時間外労働を行ったかを調査しており、その結果に基づいて、会社から改めて一定額を残業代として支給してもらいたいと考えている。その額については、退社時刻から機械的に逆算するよう求めているのではない。

・22時以降に帰社する社員は、会社を出る際に、夜間受付で時刻と氏名を記載することになっている。私の入社以来の、各年ごとの、会社がその記録に基づき把握している22時以降の私の残業日数を教えてほしい。

・残業時においては、上司の承認があった場合、夕食代は領収書で精算できるので、夕食代を請求した記録(「社外食事届」)は、残業記録のある程度の代わりになるはずである。私の入社以来の、各年ごとの、社外食事届が出されている日数を教えてほしい。


私の考えは、会社はどうせ残業代など払うはずはないから、岩波書店社員の調査や再発防止措置を会社が拒否した場合、残業代を支払わないことを理由に、労働基準監督署に会社への指導を要請しよう、というものだった。上述のように、会社は3月25日に、調査と再発防止措置を拒否する回答を示した。

そして、4月16日に、残業代に関して、会社(取締役総務部長 小松代和夫)は、以下のように回答した。

「2010年3月23日付の申入書について回答します。
申し入れのあった二つの資料は、社員の労働時間管理上の資料ではありませんのでお答えしかねます。」

これだけである。22時以降の退社記録は「労働時間管理」の要素があるはずであるし、これに答えないというならば総務部の仕事は一体何なのか、ということになると思うのだが、議論をするだけ時間の無駄なので、この会社の回答書やその他の資料を持って、労基署に行き、会社への指導を要請した。

その結果、5月21日に、労基署の職員が会社を訪問し、是正勧告を行なった。

そこで、私は6月2日に、会社に対して、22時以降の退社記録と社外食事届の記録に基づいて、改めて残業代の支給を要求した。社外食事届の記録については、22時以降の退社記録との重複日は除き、日数に1時間半分の残業代を掛けて支給するよう求めた(なお、会社も、通常、社外食事届が出されるのは1時間半以上の残業がある場合であることを認めている(6月25日))。

会社はこれに対して、6月25日に回答した。そこでは、過去2年間分の22時以降の退社記録に応じ、10万8186円の残業代を支払う、ただし、夕食代の記録については時間が特定できないので残業代は支払えない、とあった。また、過去2年間において、私が22時以降の退社した日、残業用の夕食を行なった日が、すべて日付まで明記されていた。

労基署の指導によって、ここまであからさまに変わることに私は唖然とした。「申し入れのあった二つの資料は、社員の労働時間管理上の資料ではありませんのでお答えしかねます。」ではなかったのか。

ところが、会社の見解によれば、会社は労基署によって姿勢を変えたわけではないらしいのである。
噴飯物なのだが、私の質問に対する、8月23日の小松代総務部長の回答によれば、3月23日の申入書では、退社記録などは資料として提出するよう言われているだけで、直ちに支払いを要求されているわけではなかったから応じられなかったが、6月2日には、残業代を支給するよう要求していたから応じた。会社の方針は一貫しており、その間に労基署の是正勧告があったことは、6月25日の回答とは関係がない、とのことである。これを聞いて私は、「だとすれば、3月23日の時点で残業代の支払いを要求していれば支払ったのか」と聞いたのだが、これに対して小松代部長は、仮定の話には答えられないと答えた。

私は小松代部長が何を言っているのかさっぱりわからないのだが(恐らく小松代部長も自分で何を言っているか理解していないと思うが)、一つわかるのは、労基署が介入したから残業代を支払ったという誰の目にも明らかな事実を、岩波書店が必死なまでに否定したいらしいということである。


3.

私が労基署に相談した際、「三六協定がずっとなかったというのは信じられない。岩波書店って、労働関係で良い本をいろいろ出している会社じゃないんですか?労働組合は社内にないんですか?」という質問を複数の職員から受けた。私は回答するのに苦労したものだ。

社内の人間は、感覚が麻痺してしまっている人間も多いようである。例えば、「岩波書店労働組合壁新聞」で、8月上旬に掲載された記事「これを奇貨として何をするか――三六協定問題を考える」
では、以下のように述べている。

「 まさに「奇貨として」というべきか。ことの発端や経緯について納得できないところは多々あるが、とどのつまりは、これは世間的には無法状態だ、ということなのだ。無法状態の是非はおき、まずはそれを認めるところからしか始まらない。コンプライアンスを重んじる会社としては、現在の状況は容認されない、ということなのだろう。とはいえ、限りなく無法状態であると知りながら、労使互いに協定を更新し続けてきたのだから、ともに方針転換を明確に言語化し、総括する必要があるのではないかと私は考えている。そう、これは両者ともにとって、方針転換の受け入れなのだ。たとえそれが労基署に見つかってしまったから変わらざるを得ないのだとしても、それをそのまま言ってしまってはあまりに芸がない。「これを機にいろいろと考えた。そして、やはりかくかくしかじかな会社にしたいと思ってそうなるためにこうこうこのようにしようと思う」という説明以外にありえないのではないか。それとも、そんなものはおためごかしに過ぎないのだろうか。
 なお、「無法」という言葉を使ったが、それは時間管理を含めた労務管理一般がなされていない状態のみを指すのではなく、早退しようが、会社に来なかろうが、遅刻しようが、何時に中抜けしようが(・・・・・・誰のことでもない、私のことだ)、ペナルティを科されることもなく許されたし、それに甘えてもいる、ということをも含んでいる。そして、ここまで言えば、その「無法」には、けっして否定されるべきでないものが多々あったことにも気づかれよう。」

念のために言うが、早退や休暇の場合は会社に申請する義務があり、少なくとも私は怠ったことはない。この執筆者はよほど特権的な人物なのだろう。それはさておき、ここでは、この岩波労組の組合員が、この「無法状態」に愛着を感じていることがよく示されている。

この人物は、この「無法状態」の下で、一部の若年者がどれほど酷い労働環境にいたかを全く知らないのだろう。いや、知っていても視野に入っていないというべきか。一例として、「編集部職場担当」のある組合員の発言を示しておこう。

「この(注・2007年)9月、ちょうど秋年闘要求についての討議を始めようとしているころに、若い世代の方がお一人、会社を辞めるという決断をしたと聞き、強い衝撃を受けました。もちろん誰にとっても、最終的には、この会社で働きつづけるのかどうかということは、それぞれの人の決断、自分の人生をどんなふうに歩んでいくのかということを考えた上での判断になるのだと思います。ですが、
それを承知の上でなお、今回の件は、たいへん残念ですし、この数年の間に入社してきた方々を、職場で迎え入れた側として、「斬愧に堪えない」という思いを禁じ得ませんでした。
 このような思いに駆られたのは、同じ報に接した20代の方から、「今回辞められる方の働き方を見ていて、どのようなかたちであれ、その状態から解放してあげられないものかと思っていたので、
選択は理解できるし、尊重したい」という趣旨の意見を複数聞いたことにもよります。非常にショックでした。4年前から再開した新人採用によって、毎年新しい方々を同僚として迎え入れていますが、職場の余裕のなさからか、新人に対しても負担の重い仕事が割り振られ、入社間もない時期から深夜まで働いている方もいます。」(2007年秋年末団交ニュース 第1号 2007年10月25日)

この辞めていった社員は私の同期で(上に出てくる「20代の方」は私ではない)、優秀な人物だった。似たような形で会社を見切って辞めた人物は、他にも同期に2人いる。いずれも編集者である。彼ら・彼女らの職場の同僚たちは、見てみぬフリで終始していた。上の「岩波書店労働組合壁新聞」の執筆者もそのような人物の一人だったのだろう。

なお、この「岩波書店労働組合壁新聞」の記事は、以下のように締めくくられている。

「今のままの状態が続いても、この会社に持続可能性があるとは思えない。それを確立するチャンスなのではないか、また、チャンスとしなければならないのではないかと思っている。」

「チャンス」もなにも、この会社は三六協定締結で、ようやく普通の会社並みになろうとしているだけだ。希望的観測もここまでくれば滑稽というほかない。岩波書店におけるこの「無法状態」は、これまで指摘しているように、私の「言論・表現の自由」を抑圧しようとするなど、一般の企業ですら言わないような質の低い理屈で、岩波書店が社員の基本的権利を蹂躙してきたことや、言論封殺行為を公然と行う佐藤優を最も積極的に起用する出版社の一つであることと対応している。

それにしても、誰でも思うことであろうが、このような「無法状態」を積極的に放置してきた岩波書店は、労働関係の本や記事を出し、他人に「啓蒙」する資格があるのだろうか。

この三六協定の件は、今後も継続的に取り上げていく。
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[ 2010/08/26 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)


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