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岩波書店、ブログ記事に対して一部削除を要求 

1.

岩波書店による非正規社員の「雇い止め」の件(「岩波書店、非正規社員を雇い止め」) だが、その後、9月14日に、会社は「雇い止め」提案を撤回する旨を明らかにした。例によって、方針変更の理由説明はない。

とりあえずよかったとは思うが、では、これほどあっけなく撤回するならば、そもそも岩波書店はなぜ「雇い止め」をやってきたのか、ということになる。前回書いたように、岩波書店は「イメージダウンは仕方ない。長期的な判断」などという啖呵すら切っていたのである。急な撤回に関しては、この首都圏労働組合特設ブログで書かれてしまい、社外から抗議が来たとか、ちょうど三六協定関係で集団ヒステリー状態になっている岩波労組に格好の批判のエサを与えてしまったといったことが原因か。いずれにせよ、結局何がやりたかったのかは不明である。

ところで岩波書店は、このところ2度にわたって、私の個人ブログ「私にも話させて」のある記事への修正を要求してきている。2010年8月31日の記事「岩波書店への弁護士会照会」から、名前の挙がっている岩波書店の社員名をすべて削除せよ、というのである。9月17日、9月27日の2度にわたって要求してきている(二度とも会社側は宮部信明専務取締役、小松代和夫取締役)。

会社によれば、

①ある社員がある部署(この場合は『世界』編集部)に所属しているまたは所属していたこと、
②ある社員が岩波書店社員に在籍しているということ 

は、個人情報・プライバシーであり、金は社員として知りえた情報を用いて個人情報・プライバシーを侵害している、したがって削除せよ、とのことである。

念のために、問題だとされている箇所を改めて引用しておこう。


「(注・『週刊新潮』の)荻原記者はその陳述書の中で、私に関して「岩波書店関係者」がもたらした情報について、以下のように述べている。

「これらは岩波、とりわけ『世界』編集部に非常に近い関係者が、編集部員から直接、耳にしていた話であり、内容も具体的です。また、取材中も、曖昧な点や不明な点は、再度、その場で、編集部員に確認してもらっていました。」

ここで荻原は、『世界』編集部員が関与していると主張しているが、これが事実ならば、調査は極めて容易なはずである。『世界』編集部員の人数は限られており、2007年11月時点で編集部員は、編集長を含めて6人のみである。このうち2名は、私が『世界』編集業務から外れた2006年12月前半以後に入社してきた人物であるから、それは除くとすれば、残りは

岡本厚・伊藤耕太郎・清宮美稚子・中本直子

の4名のみである。この4名は、私の『世界』編集部在籍時から継続して在籍している人々である。

また、この「岩波書店関係者」は『世界』編集部に非常に近い関係者とされているが、これが意味する可能性が高いのは、近い過去に『世界』編集部に在籍していた者、ということであろう。2007年11月から過去10年に『世界』編集部にいた社員のうち、2007年11月時点で社員として在籍している社員は、上田麻里、太田順子、大塚茂樹、小田野耕明、馬場公彦、三輪英毅、山川良子、山本賢の8名である(全員現在も社員として在籍している)。」


2.

私は、はじめに会社の主張を聞いたとき、何を言っているのかさっぱり分からなかった。

まず、①に関してであるが、私が名前を挙げた人物は、すべて『世界』誌上その他で、『世界』編集部員であることが明示されたことのある人々である。そもそも『世界』では、座談会の司会やインタビュアーを務めた際、編集者が実名を掲載するのが原則である。

しかも、その実名掲載原則を編集部員に課しているのは、取締役でもある岡本厚編集長である。『世界』配属にあたって岡本と面談した際、私は、私のような在日朝鮮人が『世界』の編集方針を肯定していると読者に受け取られたくなかったので(という理由は岡本編集長には言わなかったが)、インタビュアーや対談の司会者として自分の名前を出すのをやめたい旨述べたが、岡本はそれを認めなかった(私の裁判の「陳述書」参照)。岡本によれば、新聞では署名記事がもはや常識であり、自分の発言が出る担当記事において実名は出すのは当然、とのことであった。

念のために、2007年11月より前に、伊藤耕太郎・清宮美稚子・中本直子の実名がそれぞれ『世界』誌上に掲載されていることを画像つきで示しておこう。

伊藤耕太郎(2007年10月号)ito.jpg


清宮美稚子(2007年6月号)kiyomiya.jpg


中本直子(2007年11月号)nakamoto.jpg


その他の人物については面倒なので画像は挙げないが、それぞれの名前の後に「世界」と入力してgoogleで検索すれば、彼ら・彼女らが『世界』編集部員であったことを示す記述が出てくる。

また、『世界』の連載が単行本化された場合、謝辞などで『世界』編集部員として名前が挙げられるのも珍しくない。要するに、彼ら・彼女らが『世界』編集部員である(あった)ことは、私が社員であるかどうかにかかわらず、公刊されている雑誌や書籍から知りうるものであり、何ら秘匿性はない。

例えば朝日新聞の政治面に、Aという記者が実名で記事を書いていた場合、それを「政治部 A記者」と書くようなものだ。私が会社に、新聞の場合は「個人情報・プライバシーの侵害」にならないということか、と聞くと、会社(小松代)は、それはその新聞社が判断することだから答えられない、と言う。こんな議論を大真面目にやっているのである。

また、②に関しては、会社は「全員現在も社員として在籍している」という私の記述を問題にしており、「ある社員が現在、在籍しているか退職しているかも個人情報・プライバシー」(宮部専務取締役、9月27日発言)とのことである。

だが、そんなことを言い出せば、会社の電話案内の人物は、Aという社員に代わるようにという外部の人間の電話に対して、Aが退職していた場合、どう答えればいいのだろうか。会社の主張に従えば、「Aはもう退職しました」と答えるのは個人情報・プライバシーの侵害にあたるのだから、この場合、「Aが在籍しているか退職しているかは個人情報・プライバシーに属するのでおつなぎできない」とでも言わなければならないのだろうか。会社の主張は一般常識から懸け離れたものである。そして、私が挙げた人物は、すべて遠くない日時に岩波書店社員であることを公表している人々なのであるから、個人情報・プライバシーの侵害であるはずもない。

しかも、私が会社に対して、「会社の主張にしたがえば、『週刊新潮』が私に関する記事の中で私が『世界』編集部に所属していたこと等を書いたことも、個人情報・プライバシーの侵害にあたるはずですが、なぜ会社は新潮社に抗議しなかったのですか」と聞いたところ、二人とも一瞬虚を衝かれた感じであったが、宮部取締役は、「それは外部の人間によるものだからまた話が違うよ。取材の自由があるから」と答えている(9月17日)。だが、それならば「個人情報・プライバシーの侵害」などという会社の主張はますます意味をなさなくなる。支離滅裂である。


3.

会社がこのような言いがかりとしか思えない主張を私にぶつけてきたのは、荻原記者の証言が正しければ、私が名前を挙げた人物に、『週刊新潮』に密告・協力した人物との嫌疑がかかってしまうということも理由かもしれない。

だが、だとすれば、会社は弁護士会照会に対してまともに応答し、調査の結果、密告した人間がいなかったのならば、その旨回答すればよいだけの話である。

ところが、会社の9月17日付の文書による回答は、こちらの質問に対して、「わかりません」「お答えできません」の一点張りという、まともに応対する気があるとは思えないものであった。要するに、会社は、照会に応じて嫌疑を晴らせばよいにもかかわらず(もし密告していなければ、だが)、それをせずに、言いがかりをつけて名前を削除せよと主張しているのである。

会社は、照会にまともに応じて、「新潮社からの取材に協力した<『世界』編集部員>も<『世界』編集部に非常に近い関係者>も存在しない」などと答えれば、被告である新潮社・佐藤優に不利になると考えて、このような態度をとっているのだと思われる。本末転倒とはこのことである。

なお、私が名前を挙げた人物が、「自分は『週刊新潮』に密告も協力もしていないのだから、そのような嫌疑がかかるのは嫌なので、削除してほしい」と私に言ってくるならば、私も当然それには応じるが、会社側(小松代取締役)によれば、私への注意は名前を挙げられた人物の要請があったからではないとのことである。また会社は、私が「社員として知った情報」を漏らした云々とは主張しているが、『週刊新潮』に密告・協力した人物との嫌疑がかかるから問題だとは一言も述べていない。それを言うと、照会書にまともに答えればよいではないか、ということになるからであろう。


4.

会社側の主張は、荻原記者の陳述書と照らし合わせると、より珍妙なものになる。

荻原は、取材経緯について、以下のように述べている(強調は引用者)。


「金氏の以前の所属部署であった『世界』編集部にも電話をし、金氏の評判、異動の経緯などを取材しようとしましたが、岡本厚編集長は「金氏がかつて所属していたのは事実だが、総務部に一任しているので取材には応じられない」という返答でした。

「本件記事のスタート時において、私は『IMPACTION』に金光翔氏の論文が掲載されたことは疑いようのない事実であるため、まずすべきことは金氏が岩波の社員であるということの裏付けだと思いました。この点は、取材の中で、岩波書店の2名の関係者から証言を得ているだけではなく、岩波の校正部のクワバラ氏、『世界』編集部の岡本編集長、更に、岩波の総務部も認めていましたので、私は事実に間違いないと判断しました。


したがって、荻原の陳述書のこの箇所の記述が事実であるとすれば、岡本取締役(『世界』編集長)は①に違反しており、また、岡本取締役、桑原正雄取締役(「クワバラ氏」)は②に違反していることになる。また、総務部長である小松代取締役も、総務部の②に関する違反に責任を有するであろう。

また、荻原の記述が事実でないとすれば、会社が荻原や新潮社に対して抗議等を行なわないのはおかしい。荻原の陳述書は、法廷で陳述されたものであるから、一般公開されているものであり、また、私は全文をウェブ上で公開している。

荻原の陳述書をウェブ上に公開していることや、その中で荻原が『世界』編集部員らが自分の取材に協力したと述べていることは、私のブログで何度も触れており(例えば2010年7月23日付「第9回口頭弁論期日報告」)、会社は私のブログを(今回の注意からも分かるように)見ているとのことであるから、会社が荻原の陳述書の存在を知らないはずがない(一応、9月28日にコピーを正式に提出した)。それでいて放置しているのであるから、①も②も、会社は本音では大して重要だと思っていないか、単なる言いがかりなので昔読んだときに読み飛ばしたか、どちらかではないか。


5.

以上、会社の主張が単なる言いがかりとしか言いようがない、支離滅裂なものであることを指摘してきたが、もう一つの問題は、なぜこの時期にこのような主張を会社が行なってきたか、である。もちろん、上で述べた、名前を挙げた人物への嫌疑の件もあるかもしれないが、私が考えているのは、岩波書店労働組合の主張との関係である。

実は、この「岩波書店への弁護士会照会」の記事に関しては、岩波労組執行委員会からも、9月9日に、個人名を削除するよう文書で要求が来ている。それによれば、この事態は、「組合員個々人が外部からの暴力や妨害にさらされることなく安心して出版活動に就くための配慮に関わる視点からみて不適切であり、労働組合として看過できません。該当部分の速やかな削除を求めます。」とのことである。

「外部からの暴力や妨害」云々の意味が分からなかったので、文書を渡しに来た渡辺尚人委員長と山田まり委員に質問した。それによれば、『世界』編集部にはかつて、右翼が抗議に来たことがあるから、実名を出すのは「外部からの暴力や妨害にさらされる」恐れをもたらすから問題、とのことであった。

私が、『世界』誌上で既に名前が出ているではないか、と答えると、渡辺らは、「それは本人が了承しているから問題ない」と言う。

私が、「以前、『世界』への配属の際に、自分の名前を出すのをやめたい旨述べたが、岡本編集長は断固として認めなかった。誌上に名前が出るのは、会社の方針なのだから、「外部からの暴力や妨害にさらされる」のをあなたたちが本気で危惧しているならば、抗議して編集部員の名前を出さないようにさせるべきではないのか。また、これまでこの件について組合として会社に抗議したことはあるのか。」と聞くと、渡辺らは、「抗議したことはない。それは会社が決めることなので、この件とは別」と言う。この人たちとは会話が通じない。

岩波労組は多分、私が名前を挙げた人物に『週刊新潮』に密告・協力した人物との嫌疑がかかってしまうということで、上のような抗議をしたのではないか。ところがそれを言えば、会社が照会書にまともに答えればよい、という話になりかねないので、そうは言わず、恐らく誰も本音では信じていない「外部からの暴力や妨害にさらされる」云々と主張しているのだと思われる。

さて、興味深く思われるのは、岩波労組による私への注意の後に、会社による私への注意が来ている点である。

前回記事で私は、岩波労組内部で、金および首都圏労働組合に対する会社の弱腰を非難し、会社に弾圧させようと扇動する動きが活発化している点を指摘した。今回の会社の私への注意は、その一つの現われと捉えることもできるように思われる。

会社側は、高まる岩波労組の私への不満に対して、岩波労組をなだめるために、私への言いがかりとしか言いようがない削除要求を行ってきているのではないか。このところ、岩波労組員による、経営責任を追及せよという主張が出始めているが、経営陣には、2002~3年の大幅賃下げ時に、社長の辞任をはじめ、役員体制が大幅に変わらざるを得なかったことが念頭にあるのかもしれない。

もしそうならば、経営陣による今回の削除要請は、個人ブログへの干渉として道義的・倫理的に大きな問題があるのはもちろんのこと、愚劣かつ陋劣な振る舞いを続けている岩波労組のような集団に経営陣が振り回されていることを意味しているのであって、企業体としての将来性に疑問を投げかけると言わざるを得まい。

(金光翔)







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[ 2010/09/29 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

岩波労組、会社に対する金への弾圧扇動をエスカレートさせる 

1.

前回記事(「岩波書店労働組合員、会社に対して私への弾圧を扇動」)で、 岩波書店労働組合員(岩波労組)が会社に対して、私および首都圏労働組合への弾圧を扇動している事実を記したが、この傾向が、このところますますヒートアップしている。集団ヒステリー状態とでも言った方がよいかもしれない。それらの内容は、Mの文章のそれとの類似が顕著であり、岩波労組員の間に、ある「空気」が存在していることを示している。確認のために、まず、Mの文章を再引用しておこう(強調は引用者、以下同じ)。


「 この厳しい時期、社内一丸となって状況を乗り切り、持続可能な会社を作っていこうとするとき、今より悪い体制の提案や社員が希望を失うような案を出して、「人員政策上仕方がない」などと言わないでいただきたい。

 そもそも人員政策とか、労務政策とかに関しては、会社が何を言おうとあまり説得力がない。何の罪もない、誰にも迷惑をかけていない、それどころかみんなから信頼されている組合員(図書室員)を「有期間雇用」を理由に切ろうとするくせに、一方で会社は大きな問題を放置しているのではないか。残業問題にしても、これまでいわば組合との信義のなかで業務が成り立ってきたというのに、その信義を尊重して、これを機に労使で丁寧に協議してよりよい体制を作ろうという姿勢はまるで見えなかった。全社員に関わる社員の安全や信義に基づく情報の安全の不安には、穏便路線で対応し、非正規雇用の組合員には、「期間雇用のカベ」を行使する。こんな強気(金注・ママ)に易し、弱い者に不利益を与えるという岩波書店の理念を踏みにじる、あるいは労使慣行的にも変則的な仕打ちをすることを、絶対に許すことはできない。


ここでMが、会社が弾圧すべきだとしている対象が、私および首都圏労働組合以外ではあり得ないことについては、前回記事の「(注)」で示したので繰り返さない。

このことを念頭に置いた上で、9月22日に社内中に配布された(ただし、私には「無断引用するから」との理由で配布されていない。それでいて、岩波労組は私の脱退を認めず、私を「岩波書店労働組合員」だとして、組合費を払うよう請求しているのであるが)、「岩波書店労働組合2010秋年末闘争アンケート集計結果」(回答総数47件、うち編集局22件。以下、「アンケート結果」と略。)を見ることにしよう。

アンケート結果には、「1.いま会社に言いたいことは何ですか。自由にお書きください。」なる設問への組合員の意見が掲載されている(すべて匿名)。このうち、いくつかを引用しておこう(以下、強調は引用者)。

今回のアンケート結果で特徴的なのは、私および首都圏労働組合に関する言及が、多く見られることである。


「・○氏のブログに毅然とした態度で対処してほしい。」

「・残業代が出る人がいるの?はぁ!?社長の指導力がみじんも感じられない。(大丈夫?)(こまかいことを書いている時間がない)」

「・社長を変えて下さい。こんな決断力のない、ヤクザみたいな男に弱い社長では、私たちは信頼してついていくことができません!」

「・この間の社内の混乱の責任をとるべき。人数が多すぎる。この社の性格の理解がない。法務担当役員は即刻退任しろ。」

「・会社については、別個の組合を主張している個人と、話し合いを進めているといったことに、強く不信感をもちました。会社側が複数の組合の存在を認めていると考えざるをえませんが、当組合がそれを会社に正式に確認しないのかも疑問に思います。会社が複数の組合の存在を認めているのならば、たなざらしになっている脱退問題にも大きく関わると思います。」


要するに、私および首都圏労働組合への会社(社長)の対応は生ぬるすぎる、もっと断固とした措置をとれ、と煽っているのである。ある人物など、私のことを「ヤクザみたいな男」とまで罵っている。魯迅の「暴君の治下の臣民は、たいてい暴君よりももっと暴である」という言葉の正しさを改めて確認させてくれる(会社が私に対して「穏便路線」をとっているなどという主張自体が、会社に対して弾圧をけしかけるための岩波労組のレッテル貼りおよび極めて悪質なデマ以外の何者でもないことについては、前回記事参照)。

こうした人々の陋劣さは度を超えているので、何から言っていいか迷うが、まず、労働組合(員)が、社員の言論活動や他の労働組合の活動に対して、弾圧を会社に要請するということ自体が異常である。これが異常であるとの感覚が、岩波労組の組合員(特にこのアンケート結果を配布する岩波労組執行委員会)に欠如していることに、改めて驚かざるを得ない。「労使一体」が極限まで進んだ会社の多数派組合にしか生じない発想であろう。

ある組合員にいたっては、上のように、私のことを「ヤクザみたいな男」とまで罵っている(念のためだが、これは佐藤優ではありえない。仮に佐藤ならば、山口社長と佐藤は親しいのだから、「決断力」云々は意味が通らない。「岩波書店代表取締役社長・山口昭男氏と佐藤優」参照 )。だが、それを言うならば、200人近くの人数で、私一人に対する誹謗文書を社内中に配布するなどしておきながら、それへの反論権を与えず、ウェブ上で私が反論すると「無断引用」などとしてより一層酷い中傷を展開する岩波労組の方がはるかに「ヤクザみたい」という形容にふさわしいだろう。岩波労組は、特定の個人に対するここまで酷い中傷表現を、社内中に配布して平然としているのである。

私の見聞によれば、(ブログ炎上も含めて)集団狂気の場合、漫画やドラマでは必ず「これはさすがに酷すぎるんじゃないか」とか「これは却って自分たちの評判を落とすからまずい」とか言って見直しを提唱する人間が出てくるが、現実の集団狂気の場合にはそういう人物は滅多に登場しない。


2.

しかも、これらに関する岩波労組執行委員会の説明は、さらに私を驚愕させるものだった。私は渡辺尚人・岩波労組委員長および山田まり・執行委員に、組合文書の「無断引用」に関して呼び出されて注意を受けたので、2度目に呼び出された際(9月24日)に、Mの文章やアンケート結果にある、私および首都圏労働組合への弾圧要請の件について執行委員会はどう考えているのか尋ねたのだが、渡辺委員長および山田委員によれば、


・金が「弾圧を扇動している」などと言っているM氏の文章の該当箇所は、そもそも何を言っているのか自分たちは分からない。M氏は特定の個人や団体を挙げているわけではないし、これを読んだ岩波労組員が、M氏が金や首都圏労働組合について語っていると受け取るとは思えない。

「ヤクザみたいな男」という表現も、金を指しているとは自分たちは思わなかったし、これを読む岩波労組員もそうは思わないだろう。誰を指して言っているかは全く分からない。(注・私が、「もし「ヤクザみたいな男」という表現が具体的に金を指した表現として使われていれば、掲載しなかったのか」と聞いたのに対し)金だと分かる形で使われていれば、表現としては良くないから、この回答は掲載しなかったかもしれないけれど、そうではないので、掲載したことに何ら問題はない。

・「○氏のブログに毅然とした態度で対処してほしい。」という回答は、確かにこれは金のブログについて言及したものだが(注・原文では「K氏」となっていたとのこと)、金が言うように、金や首都圏労働組合のブログの制限や閉鎖等を会社に求めたものではないし、これを読んだ岩波労組員もそのように受け取ることはないだろう。「毅然とした態度で対処してほしい」としか言っていないのであって、会社に対して具体的にどうこうせよと言っているのではない。弾圧を会社に要請しているものであるはずもない。


渡辺委員長らは、要するに、会社に対して私および首都圏労働組合への弾圧を扇動する文書を配布し、その中で私への度を超えた誹謗中傷発言すら掲載しておきながら、自分たちはそんなことはやっていない、責任はない、などと言い逃れしているのである。どこまで卑怯なのだろうか。小学生ですらここまで馬鹿げた、白々しい言い逃れはしないだろう。こういうことが平気でできる人間が、委員長および執行委員たちなのである。

しかも、渡辺委員長らは、9月9日の私への抗議文書で、私の「無断引用」が「岩波書店労働組合に結集する組合員が団結し団体交渉その他の団体行動をすることの妨げとなります」と主張している。要するに、会社に私および首都圏労働組合への弾圧を煽る一方で、自分たちの組合の団結権等は尊重せよ、と主張しているのである。自分で何を主張しているのか理解しているのだろうか。

私はこのアンケート結果をある組合員に教えられて、そのあまりの酷さに驚いたのだが、この組合員が教えてくれなければ私は知らないままだったかもしれない。岩波労組は、私には一切知らせないまま、このような文書を社内中に配布しているのである。私は渡辺委員長に問い正し、概略以下のようなやりとりを行なった。

私「組合文書を私に配布しないといっても、私個人に対して批判している文章については一部渡すべきでしょう」

渡辺「いや、渡す必要はない」

私「批判の相手から請求があれば、渡すのは出版界の常識ですよね?ましてやこれは無料で社内中に配布しているわけでしょう」

渡辺「岩波労組は出版社ではないので、それに従う必要はない」

ここまで言われては返す言葉もないが、もう岩波労組は、「出版労働者として」とか「岩波書店という出版社の組合員として」といった言葉を使うのはやめるべきであろう。

岩波労組は、自分たちが私に対して行なっている組合文書での批判・中傷に関して、同等の媒体および配布形態で私の反論掲載を保証する(私は岩波労組に対して、異論があれば、反論を送ってくれば原則としてそのままブログ上に掲載することはこれまで何度も述べてきている)どころか、「金から反論を送ってこられても、組合文書にそれを掲載するかは執行委員会でその都度検討するのであって、掲載は保証できない」(渡辺委員長)という態度を崩していない。それでいて、ウェブ上で私が反論することに関しては「無断引用」などと抗議してくるのであるから、言論封殺以外の何物でもあるまい。

また、渡辺委員長や山田委員のこの態度は、佐藤優を積極的に使う岩波書店社員たちの(私が知る限りでの)弁明と酷似している。彼ら・彼女らは、佐藤を岩波が起用することの社会的(悪)影響など存在するはずもないし、岩波書店はそのようなものを考慮する必要などない、例えば野中広務が登場するのと何ら変わらない、などと、その場限りでしか通用しない答弁を(しかも集団で統一見解のごとく)まくしたてるが、他人の足を明確に踏みつけておいて、自分たちには責任がない、悪意もない、とする姿勢は、この渡辺委員や山田委員の姿勢と完全に同じである。


3.

また、アンケート結果で目立つのは、会社としての「一体感」「社内一丸」の必要性を強調する主張である。上で見たように、Mの文章にも、「この厳しい時期、社内一丸となって状況を乗り切り、」との一節があった。異分子としての私および首都圏労働組合の弾圧、という含意もありそうである。


「・会社組織としての求心力、一体感といったものを感じさせてほしい。と言うより、そういった取り組みが必要だという意識が欠落していないか?」

「・社員、現場の状況と気持ち(意欲、疑問、不満、アイデアetc)を汲みとった、真の全社一丸をめざしてほしい。図書室員雇い止め提案の件で、これほどに、皆が結集したことをきちんと受けとめ、正しい、納得のできることならば、これほどに集中力のある社員の集まりであることを踏まえて、正しい、納得のできるリーダーシップを発揮してほしい。」

「・これからますます経営財政がきびしくなると思われる。いい企画を生み出すためにも、売上を少しでも上げるためにも、編集・営業他全職場で一丸となった努力・創意工夫が必要である。そのためにも、働いている人を大切にする、職場環境を悪くしないことを会社に強く望みたい。」


「一億火の玉」みたいである。そのうち「非国民」とか言いだしそうだ。岩波労組員たちが、危機意識の下、カルト宗教の信者のようになりつつあることを示している。

アンケート結果には、以下のような回答すらある。


「・○氏への時間外手当支払いについて会社が合意したことは(お上に過剰に従順な経営についてはここでは触れない)、○氏がブログで書くまで組合は2ヶ月も知りえなかった。」


この組合員は、会社が私に対して時間外手当を支払うと述べたことについて、「お上に過剰に従順」と捉えているようだ。だが、そもそも労働者による未払い賃金の請求に対して、強腰で臨むべきと労働組合員が主張していること自体、この岩波労組員の感覚がどれだけ異常であるかをよく示している。また、労基署から指導があった場合、過去2年分の未払い残業代を支払う義務があることは常識であろう。悪質な場合、経営者の逮捕にもなりうるのであって、経営側が労基署に書類送検されたとの報道は珍しくない。逆に言えば、岩波書店においては、それだけ異常な状態が数十年にわたって続いていたのである。この組合員は役員たちに逮捕や書類送検のリスクを犯させたいのだろうか。

今回のアンケート結果およびその配布およびその後の対応は、岩波労組が集団として正気を失っていること、自分たちの今後への危機感が強まっていることをよく示している。危機の打開策としては、会社を扇動して私を排除し、会社としての一体性(労使一体)を回復する、というものらしいが、こんな方策しか思いつけない連中の作る本が、彼ら・彼女らの陋劣さや卑屈さを反映していないかと恐れるのみである。

最後に、アンケート結果で、相対的にまともそうな見解を一つ挙げておく。


「1.業務改善のための抜本的な経営戦略、経営計画をお示しいただきたい。既にある経営計画を拝見しても、「今まで以上に頑張る、努力する」程度の非常に抽象的な計画で、精神面での努力目標を示したに過ぎないように思われる。具体的かつ抜本的な経営計画の発信をお願いしたい。

2.会社の業績を犠牲にしてでも、今の伝統的な社内風土や企業体質を今後も断固維持し続けるという雰囲気を業務上のあらゆる局面において感じるが、明確にそうした経営方針があるのなら、きちんとそう発信していただきたい。私としてはそうは思いたくないが、もしそうなら、あまり長くこの会社にいるのは不安かつ危険であり、こちらも生活がかかっているため(そして年齢もあるため)、早急に新たな転職先を見つける必要がある。

(中略)

4.勤務管理にタイムカードを導入したことは、企業体質改善の第一歩として評価できる。」


岩波労組は、私や首都圏労働組合に関する陋劣としか言いようがない弾圧要請を即刻やめ、弾圧要請と誹謗中傷の文書を社内中に配布していることを私に謝罪すべきである。また、岩波労組が本心から経営状況に危機感を持っているならば、「社内一丸」やら「会社としての真の一体感」といった無内容なスローガンを唱えたり私の弾圧を会社に扇動したりするのではなく、上のようなごく当然の(最低限でしかないが)現実認識のもとで、再出発すべきであろう。

(金光翔)
[ 2010/09/27 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)


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