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岩波書店、社員の『週刊新潮』への密告を容認 

『週刊新潮』の記事の第一通報者が岩波書店社員であったこと、また、この社員の紹介により別の「岩波書店組合関係者」が取材に協力していたことが、前回3月18日の第6回口頭弁論で明らかになった次第は、既に記した。そこでも記したが、これまで株式会社岩波書店は、『週刊新潮』の記事中で私への誹謗中傷を行なっている「岩波関係者」が、岩波書店社員を指していると言えるかは分からない、などと主張してきていたのであるから、これにより、その前提が崩れたことになる。

そこで私は、18日夕方、小松代和夫総務部長(取締役)に、被告準備書面(4)・「岩波書店関係者」への『週刊新潮』による取材記録(乙10号証)を添付して、「申入書」を提出した(強調は引用者)。「申入書」では、被告新潮社が、『週刊新潮』の記事は岩波書店社員が通報してきたものであると主張している旨を指摘した上で、いくつかの質問を行なった。以下、抜粋する(強調は引用者)。


< 2007年12月5日に、私は山口社長より、「口頭による厳重注意」を受けましたが、その際に私は、「『週刊新潮』の記事には、岩波書店社員による、私の名誉を毀損する虚偽も含んだ発言(なお、同発言によって私の名誉が毀損されている事実は、被告側も認めている)、および、同社員による、私の個人情報を暴露する発言が掲載されている。また、この証言においては、その真偽はさておき、人事の決定等に関する機密事項も述べられている。この証言は、社員である私の名誉を毀損しており、また、会社の機密情報をも漏洩しているものであるから、会社として、そのような証言を行った社員を調査する必要があると考えていないのか、見解をお伺いしたい」旨を述べました。

 これに対して、山口社長および、同席していた宮部信明常務取締役(当時は取締役)は、以下の二点の理由から、調査は行わない、と回答されました。

①『週刊新潮』記事中には、証言を行った者は「岩波関係者」とある。「岩波関係者」が岩波書店社員を指しているか、岩波書店の著者を指しているかはわからない。「関係者」というのは広い概念である。調べようがない。

②仮に岩波書店社員であったとしても、社員が取材に応じるのは自由である。


なお、②は、この日までの私とのやりとりの中で、宮部常務が発言されていたものであり、12月5日の席上で私が、宮部常務がこれまで②の発言を行っていたことを指摘した際にも、宮部常務が発言した行為および発言内容の妥当性を否定されなかったので、①に加えて「理由」とした次第です。>


< 山口社長および宮部常務が2007年12月5日に発言された、上記①②の理由は、否定されたことになります。

 一社員について、虚偽を含んだ名誉を毀損する発言、および個人情報を、社員が週刊誌に暴露したとしても何ら問題とされないという事態は、それ自体が不当であるとともに、このような事態を再発させる可能性をもたらしていると言えます。このような環境では、安心して仕事を行うことができません。

 したがって、私は株式会社岩波書店に対し、以下の措置を執ることを求めます。

一、上記証言者二名は誰か、調査し、その結果を私に伝えること。

一、岩波書店社員二名が、金の名誉を毀損する発言および個人情報を漏らす発言を『週刊新潮』編集部に対して行っている事実、およびそうした事実に対して会社が遺憾の意を持っていることを岩波書店社内に周知徹底させること。

一、社員が、別の社員の名誉を毀損する発言および個人情報を暴露する発言を、週刊誌等の外部のメディアに行うことへの具体的な再発防止措置を執ること。

また、上記2007年12月5日の席上において、宮部常務は、『週刊新潮』編集部への抗議は、「会社に被害があるならば考える」と述べられています。これに対し私が、「私には被害が出ていますが」と述べたところ、「あなたは一市民として論文を発表したと言っておきながら、それが引き起こした問題について、会社に抗議するべきではないかと言うのは非常に遺憾だと思う」と回答されています。今回明らかになった事実と関連するものなので、これらの発言についても、以下の諸点について、株式会社岩波書店が私に対して見解を明らかにすることを求めます。

一、宮部常務は「会社に被害があるならば考える」と発言しているが、他方でそれまでの私とのや りとりにおいては、私の論文によって被った会社の不利益の一例として、『週刊新潮』の記事を挙げている。上記発言において、宮部常務が、『週刊新潮』の記事を私の論文が「引き起こした問題」と捉えていることも同様である。この両者の見解は明らかに矛盾している。『週刊新潮』の記事は会社に被害を与えたものと認識しているのか、見解を明らかにされたい。

一、宮部常務は「あなたは一市民として論文を発表したと言っておきながら、それが引き起こした問題について、会社に抗議するべきではないかと言うのは非常に遺憾だと思う」と述べているから、『週刊新潮』編集部への抗議を行わない理由の一つとして、金が「一市民として論文を発表した」事実を挙げていると解される。だが、この宮部常務の見解は、そもそもこの私への「厳重注意」の根拠として会社がそれまで主張してきた、「金が岩波書店社員であることを知っている人間は一部にいるのだから、「個人としての立場」と「社員としての立場」を区別することはできない」などという見解と完全に矛盾している。会社は、宮部常務の上記発言は正当なのか、また、正当であるならば、「「個人としての立場」と「社員としての立場」を区別することはできない」という会社見解と矛盾していないのか、見解を明らかにされたい。
 また、これと関連して、岡本厚編集部副部長は、「『世界』編集長」の肩書きで『詩人会議』2007年7月号に発表した文章「「美しい言葉」が人々を死へ」において、「戦後六〇年も過ぎた頃になって、座間味島の守備隊長だった元少佐らが、岩波書店と作家の大江健三郎氏を相手に名誉毀損の裁判を起こし、被告側の一員としてその裁判に関わるようになって初めて、自決の場の情景が目に浮かび、そこに追いやられた人々の恐怖、苦しみ、呻き、悲しみの声が聞こえるようになってきた。以下に記すことは、個人としての見解である。」と述べている。このように、「個人としての見解」を明示することは、「「個人としての立場」と「社員としての立場」が区別されることを前提としていると解されるが、岡本副部長のこの見解は妥当なのか、もし妥当だとすれば、岡本副部長の場合は認められるが、私の場合は認められない理由は何なのか、明らかにされたい。

これらの諸点について、株式会社岩波書店が私に対して、3月25日(木)16時15分までに回答することを求めます。>


その後、3月25日夕方に、小松代総務部長と宮部常務に呼び出され、会社の1階ロビーで会社見解を文書で渡された。以下のとおりである。


---------------------------------------------------
金光翔 殿

2010年3月18日付の申入書について以下のように回答します。
今回の申し入れの内容は、現在、民事訴訟で係争中であるので、会社としては申入書にお答えすることは適当でないと判断します。

2010年3月25日
取締役総務部長
小松代和夫
---------------------------------------------------


どうだろうか。私は呆れてしまった。言うまでもないが、私の質問への回答は、「民事訴訟で係争中」などなんの関係もなく答えられるものである。そもそも、『週刊新潮』記事の「岩波関係者」が岩波書店社員であったという事実を新潮社側は認めているのであるから、この点に関しては争いはないのである。岩波書店が、従来の主張の前提が崩れたのであるから、新しい前提で回答すべきことは自明であろう。また、もし2007年12月5日の私への「口頭による厳重注意」が、私への「嫌がらせ」でなかったのであれば、岩波書店は堂々と、別の社員の名誉を毀損する発言をしようが個人情報を暴露しようが「社員が取材に応じるのは自由である。」と答えられるはずである。

岩波書店が、私の質問にまともに答える気がなく、理由にならない理由で言い逃れをしようとしていることは明白であろう。人を舐めた態度というのはこういうものだ、という見本のような回答である。

岩波書店にまともに答える意志がないことは明白だが、一応、この回答に関する私とのやりとりが存在する。以下、見てみよう。


----------------------------------------------------
金:なぜ係争中であれば回答できないんですか?

小松代:それについてお答えすれば、ここに書かれてあることが会社の回答のすべてです。

金:いや、ここに質問していることがいくつかありますよね。

小松代:ですからそれがすべてです。

金:それ以上は一切答えられないということですか?

小松代:ここにそれがすべて書かれてあります。

金:だから、それ以上は答えないということですか。

小松代:いえ、答えないということではなくて、これがすべてということです。

金:同じことですよね。

小松代:どうとるかは知りませんが。

金:係争中だから回答できないということは、終結したら回答するということですか?

小松代:それはまたその時の話で、この段階ではこの回答がすべてです。

金:でも、この文書は係争中だから回答できないって言ってるわけですよね。当然、それが終われば回答できるということになるんじゃないですか。

小松代:それについてはここでやりとりする中身ではないと思っています。

金:いやいや、係争中ということを理由としているわけですよね。じゃあ、終わったら答えるということになるんじゃないですか。

宮部 いや、そんなことは言ってませんよ。それはそのとき考えます。いま答えられるのはこれがすべてです。

金:逆に聞きますが、なぜ答えられないんですか?

小松代:(質問をさえぎるように)あれがすべてです。あれがすべてです。あれがすべてです。

金:なぜ係争中であれば回答できないということになるんですか?

宮部:それはそちらで判断してください これがこちらの言えることのすべてですから。

金:判断してくださいというのは?

宮部:こちらが回答する必要はない。すべてというふうに申し上げているわけですから。

小松代:ですから文書に書かれているとおりです。
---------------------------------------------


文章化しながら改めて馬鹿馬鹿しく思うが、「官僚答弁」の見本のような答弁である。少しは恥の感覚はないのだろうか。こんな答弁で会社は逃げられるつもりになっているようなので、この場を借りて晒しておこう。

いずれにせよ、岩波書店が、『週刊新潮』記事に岩波書店社員が積極的に関与している事実が明らかになっているにもかかわらず、そのことを放置し、再発防止のための是正措置すら拒否していることは明らかであろう。しかも、裁判が終結すれば何らかの措置をとる、ということすら明言しないのだから、これでは事実上の容認である。会社が、『週刊新潮』記事を理由として、私に対して「厳重注意」を行なったことを社内で各部署ごとに周知徹底させたこととの違いには改めて驚かざるを得ない(「岩波書店代表取締役社長・山口昭男氏と佐藤優」の「(注)」参照) 。どこまで倒錯しているのだろうか。

私への「厳重注意」は『週刊新潮』記事や岩波書店労働組合による嫌がらせと完全に同じタイミングで出されているから、会社は私が辞めるとばかり思っていて、外部に漏れる心配などないと思っていたがゆえに、さらなる追い討ちの嫌がらせとして出してきたのではないか、と私は推測している。
これが嫌がらせでなかったのならば、私が出した質問に答えられるはずだと思うのだが。会社の無内容な回答や官僚答弁は、私の推測の正しさを裏付けるもの、と言えるように思われる。


(金光翔)
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[ 2010/04/27 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

岩波書店取締役・小島潔と<佐藤優現象>(2)  

3.

ところで、冒頭で、「最近、岩波書店による<佐藤優現象>の積極的推進への批判を弱めるためと思われる、小島の活動が目立つ」と述べたが、その事例を挙げておこう。

一つ目は、小島による、昨年11月に行われたシンポジウム「近代日本のなかの韓国併合」開催への働きかけである(シンポジウムについてはhttp://assoc-asia.blogspot.com/2009/10/blog-post.html を参照)。このシンポジウムの記録は、最近単行本化されている(安田常雄・趙景達編『近代日本のなかの「韓国併合」』東京堂出版、2010年3月)。このシンポジウムで小島は、「岩波書店」の肩書きで、李成市とともに「司会」を務めている。

シンポジウムの単行本における編者の「あとがき」には、「岩波書店の小島潔氏には、外部からいろいろと支援を受けており、シンポジウム当日には快く司会の任を引き受けていただいた」(253頁)とある。この企画は岩波書店が公的に関与しているわけではないから、小島が自発的に「岩波書店」の肩書きで登場した、ということである。

なお、李成市は、「上原専禄氏の「世界史の戦略」についての理解は、多くは小島潔氏(岩波書店)のご教示に負っている。」などという一文(ワードファイル注意)からも明らかなように、小島と極めて昵懇な人物である。

また、『思想』2010年1月号の特集「「韓国併合」100年を問う」にも、小島がかなり深く関与しているようである。日本経済新聞2010年2月20日朝刊の文化欄は、「日韓併合 問い直す」という記事(酷い記事だが、執筆者は「文化部 郷原信之」とある。郷原信郎の親族か?)が掲載されており、以下のように記されている。

「『韓国併合』100年を問う」。岩波書店の月刊「思想」1月号は1冊すべてを使って特集を組んだ。東京大学から韓国の成均館大学に移って朝鮮近代史を研究する宮嶋博史氏が中心となり、朝鮮史研究者の趙景達氏や李成市氏、ロシア・現代朝鮮研究の重鎮、和田春樹氏らが集まって研究会を発足。およそ1年かけて研究発表や討議を重ねた結果を1冊にまとめた。(中略)/「併合100年の機会をとらえ、日本の近世・近代史への理解や認識の枠組みを根本から問い直したい、というのが研究会メンバーに共通した思いだった」。会の世話役を担った岩波書店編集局部長の小島潔氏は振り返る。」                  」

この特集も、個々の論文の出来はさておき、その執筆陣の顔ぶれから見て、岩波書店が朝鮮問題にまともに取り組もうとしているという印象を一般の人々に与えるものであろう(注)

だが、小島や岩波書店が、朝鮮半島の分断克服や過去清算、植民地支配責任を果たすことを肯定的に受けとめる姿勢をとっているとは言えないだろう(これは批判しているのではなく、事実をそのままに描写しているのである)。

単純な話であるが、それは、<佐藤優現象>問題を一つとれば自明である。佐藤優は「「北朝鮮が条件を飲まないならば、歴史をよく思いだすことだ。帝国主義化した日本とロシアによる朝鮮半島への影響力を巡る対立が日清戦争、日露戦争を引き起こした。もし、日本とロシアが本気になって、悪い目つきで北朝鮮をにらむようになったら、どういう結果になるかわかっているんだろうな」という内容のメッセージを金正日に送るのだ」(インターネットサイト「フジサンケイ ビジネスアイ」〈地球を斬る〉2007年3月15日「6カ国協議の真実とは」)などと発言しているのであって、「韓国併合」への一片の反省の念も持っていないと見なしうる人物であり、また、これまで私が指摘したように、日本の「国益」の観点からの朝鮮半島分断状態の肯定や、在日朝鮮人弾圧の扇動等を積極的に行ってきた人物である。

小島は、このような佐藤を岩波書店が積極的に起用することに関して別に反対しておらず、また、『世界』編集部員としてこのような人物を起用することに携わりたくないがために、「思想・良心の自由」を理由として異動を申請した私に対して、積極的に弾圧をしているのであるから、小島が「韓国併合」等の朝鮮問題についてまともに考えているとは少なくとも言えないだろう。したがって、上記のシンポジウムや研究会への小島の関与は、それが純粋な商業上のものでなく、小島の私的な動機または関心も混じっているとするならば、それは主に「岩波書店による<佐藤優現象>の積極的推進への批判を弱めるため」と解するのが妥当だと思われる。

また、小島は、上原専禄に私淑していることを表明している。「上原専禄氏の「世界史の戦略」についての理解は、多くは小島潔氏(岩波書店)のご教示に負っている」と述べている、李による解説を上の文章から引いておこう。


「「世界史像」の自主的な形成を国民的な課題として掲げ、生涯これを追究した歴史家として知られる上原専禄氏は、1950~60年代にかけて、おりに触れ、日本人の世界史における現代アジアへの問題意識が希薄であることを訴えていた。日本はアメリカの政治的従属下にあり、そのままでは戦後のアジア・アフリカ諸国と直接向き合うことができず、これでは真に世界史を生きることができないと上原氏には深刻に感じられていた。第一次世界大戦以後の世界秩序は、ヨーロッパ人が支配の対象としてつくりあげたヨーロッパ人の秩序(単一の世界)であり、これをアジア・アフリカ諸国と連帯して、その支配・従属の構造を否定し、構造転換をはたすことが現代の切実な課題とうけとめられていた。

 つまり、上原氏によれば、ヨーロッパ人の世界史がヨーロッパ固有の歴史的課題に応えるためにヨーロッパの歴史的経験の深部から、彼ら自身の課題解決のために構想された歴史であるとするならば、日本がアジア・アフリカ諸国と連帯して自らの歴史的課題に応えるための自らの世界史を新たに構想しなければならないというコペルニクス的転換を提起していたのである。」


私は上原の文章は大して読んでいないが(私には読むにたえない)、上の李の解説に従って上原の主張を受け取るとすれば、上原の主張は端的に馬鹿げたものでしかない。少し前まで近隣アジア諸国に対して侵略と植民地支配を行なっていた日本が、植民地支配責任と戦争責任を問わないまま韓国や東南アジアにでも行って「アジア・アフリカ諸国と連帯」などと叫べば、日本人というのはどれだけ虫がいい存在なのか、という嘲笑と反発を買うのがオチだっただろう。著作集をざっと見る限り、上原は、植民地支配責任や戦争責任の重要性、および、過去への責任と「連帯」とのこの自明の関係性を全く理解していない。当たり前であるが、そのような「連帯」は、植民地支配責任と戦争責任を追及し、引き受けることと並行して進められなければ何の説得力も持たない。上原の世界史論は、高山岩男の「世界史の哲学」の焼き直しのようなものであるから、こんな理解で「連帯」を叫ばれても、「大東亜共栄圏」の復活としか受け止められなかったのではないか。

ついでに言っておくと、アジア太平洋戦争をはじめとした日本の侵略がどのようなものであったのかを、「1950~60年代」の日本の大衆はよく知っていたと思われるので(もちろん別に「反省」していたわけではあるまい)、生半可な「和解」や「連帯」が恐らく不可能であることもよく知っていたはずである。したがって、植民地支配責任と戦争責任が問われないままならば、「現代アジアへの問題意識が希薄である」大衆の方が、アジアへの「連帯」や「関心」を説く上原よりはるかに「まとも」である。

小島がこのような上原の欠落に問題を感じていないらしいのも、日本と朝鮮半島をめぐる歴史認識問題や過去清算問題に関しての小島の姿勢と関連しているものである。


(注)板垣竜太氏も執筆者に加わっているが、板垣氏は、小島のような私を中心的に弾圧している人間が「世話役」を務める「研究会」に、約1年間も参加していた(いる)ことになる。私は小島の積極的関与について板垣氏に説明してはいなかったが、少なくとも形式的には小島は私への処分を決定した一人なのであり、板垣氏もそのことを認識していたはずである。以前記したように、私は板垣氏とは部分的な共闘はするが、板垣氏が『インパクション』編集委員を相変わらず続けていることも含めて、このような点には強い疑問を持つ。


4.

ところで、これまで私は、一件矛盾しているように見える小島の行動を、一貫しているものとして叙述してきた。この見解が正当であることを、私の体験談を語ることで、裏付けしておこうと思う。それは、<佐藤優現象>に関する岩波書店、およびリベラル・左派の行動様式を考える上で、一定の示唆を与えるものではないかと考える。

実は、リベラル・左派系と見なされる編集者にはありがちであるが、小島は、私のような在日朝鮮人に近づいてきて、入社後一年くらいは私も何度か話したことがある(私は岩波書店では初めての在日朝鮮人社員だった)。小島は90年代後半から柄谷行人を読みはじめ、懇意になっていったという人物であったので、話は大してかみ合わなかった。

そのような形で以前話していたせいもあったのかもしれないが、私は、『世界』編集部からの異動直後だったと記憶するが、小島氏に声をかけられて、以下のように言われた。


「社内での君への非難については、率直に言って差別意識に基づいて言っていると思えるものもあって、僕も聞いていて不愉快になることがある。ただ、君も、もう少し慎重に振る舞ったら?君は、岩波書店に入社したという時点で、在日の方としては特権的な、恵まれた地位にあるのだから、そのことの意味をもう少し考えてはどうか。君が受けてきたような教育を受けられない在日の人たちも大勢いるんだよ?」


これに対して私は適当にお茶を濁したのだが、あとあと考えてみて、これはかなり示唆的な内容を含むものではないか、と思うようになった。

小島は多分、善意で上のような「忠告」を行っているのである。だが、上の発言においては、在日朝鮮人の日本人に対する従属的地位という前提は、微塵も疑われていないのである。ここにおいて、在日朝鮮人は、分をわきまえ、「良心的」な日本人を持ち上げる一方で、「良心的」な日本人から俗悪と見なされる人々(右派や歴史修正主義者たち)を攻撃することによってのみ、リベラル・左派ジャーナリズムで一定の社会的地位を許可される、という論理になっている。実際に、姜尚中にせよ辛淑玉にせよ趙景達にせよ、意識的にか無意識的にかそのように振る舞ってきたわけであり、姜や辛に関していえば、鉄砲玉としてそれなりに有能と見なされたからこそ、現在の地位を築けたのであろう。

したがって、そのような従属的地位に留まろうとしない在日朝鮮人は、「分」をわきまえない存在であり、しかも、在日朝鮮人の中で自らが特権的であるということを自覚しない、甘えた存在であって(そういえば小島はスピヴァックらの『サバルタンの歴史』の担当編集者である)、在日朝鮮人全体の権益を侵害しかねない存在であるから、日本人からしても在日朝鮮人からしても不適格ということになり、擁護する理由はなにもないことになる。かくして、そのような在日朝鮮人を排除することは、日本人にとっても在日朝鮮人にとっても望ましい。

在日朝鮮人へのこのような認識は、小島だけでなく、恐らく、岡本厚『世界』編集長ほか、岩波書店幹部に共有されているものである。多分、日本のリベラル・左派全般、と言ってもいいのではないか。

そして、問題はむしろここにこそある。在日朝鮮人が「分」をわきまえた上で、従属的地位に置かれている上でならば、日本人は、いくらでも「共生」やら「反差別」やら「レイシズム反対」を主張してくれるだろう。小島の事例は、<佐藤優現象>が持つ構図の外延を浮き彫りにしているのであって、<佐藤優現象>に象徴されるリベラル・左派の「国益」論的編成と、それへの批判的視座との境界線を示しているのである。


(金光翔)
[ 2010/04/06 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)

岩波書店取締役・小島潔と<佐藤優現象>(1) 

1.

岩波書店には、小島潔という役員(取締役)がいる。90年代以降に「ジャーナリズム」と「アカデミズム」を融合させた形でポストコロニアル系の研究や言説が流行したが、この小島という人物は、プロフィールにある「『思想』編集長(1993-99年)」という経歴やその他の「編集を手がけた」とされる書籍から明らかなように、その流れを編集者として積極的に促進したと言える人物である。当然、ポストコロニアル系の左派や、在日朝鮮人知識人、フェミニスト等に知己が多い。小島は、2007年6月以降、岩波書店取締役(編集局担当)に就任しており、現在に至っている。

小島は、左派系のアカデミズム周辺ではなかなかの有名人である。そういうわけで、私はよく、岩波書店が佐藤優を重用し続けることについて、また、金への岩波書店による攻撃について、「小島氏(小島さん)は何か言っている?どういう対応をしているの?」という旨の質問をよくいただく。

なかなか答えにくい質問だったので、これまではお茶を濁していたのだが、後述のように最近、岩波書店による<佐藤優現象>の積極的推進への批判を弱めるためと思われる、小島の活動が目立つところから、主として上記の問いに関連して小島に関して説明しておくことは大きな公共性・公益性があると考えるので、以下、述べておく。


2.

まず、佐藤優の件に関して言えば、私の聞いている限りでは、小島は別に佐藤の重用に反対しているわけではない。ただし、私の「<佐藤優現象>批判」刊行後は、佐藤優の起用に関して岩波書店に一定の注目が集まっている中で、起用によって岩波書店のイメージが悪化することに過敏になっていたと聞いている(繰り返すが、起用に反対しているわけではない)。まあ他にもいろいろあるが、就業規則との絡みからこれくらいにしておこう。

他方で、小島は、岩波書店による私への攻撃に関しては、極めて積極的であり、役員の中では最強硬派であると、複数のほぼ確実な筋から聞いている。

例えば、既に記したように、岩波書店は私に対して、「金が批判してはならない「岩波書店の著者」とは、岩波書店から1冊でも本を出版するか、または、『世界』等の岩波書店の雑誌で何回か記事を書いた人であって、「岩波書店の著者」が執筆した本や記事への批判は、その本や記事の発行元が他者であっても、岩波書店の本を批判したものと同じと見なす」旨を述べている。要するに、福田和也や鄭大均や工藤美代子が、『正論』や『SAPIO』に発表した文章を私が批判するのも、岩波書店から出た本を批判するのと同じだ、というのである(鄭大均については、実際に岩波書店は私に対してこのように回答している)。そして、その措置に不満があるならば会社を辞めるよう、退職を促してきたのである。

上記の見解は、2007年11月28日に、宮部信明編集部長(取締役(当時。現在は常務取締役)、小松代和夫総務部長(取締役)により私に対して述べられたものである。この日は、私の件に関する記事が掲載された『週刊新潮』発売日の一日前であって、会社は、翌日の『週刊新潮』に記事が掲載されることを知っていた。そしてこのとき、「首都圏労働組合特設ブログ」は存在していない。会社としては、どのようなことを言ってもやっても外部に漏れる恐れはないと考え、このような、「表現の自由」など全く考慮しない措置をとったのだと思う。ちょうど『週刊新潮』で誹謗中傷が書かれて金は落ち込むだろうから、それに便乗して攻撃することで、私が簡単に会社を辞めると思ったのだろう。

そして、実は、この「岩波書店の著者」の途方も無い拡大解釈と、それを前提とした退職勧告という会社の方針決定を主導したのが、小島だったというのである。しかも、小島の案は当初もっと強硬なものであり、さすがにそれはまずいとした他の役員がなだめて、上記の案になったとのことである。

また、佐藤に直接連絡がとれる場所の所在地を調べ、調査結果を東京地裁に報告しなければならないため、2009年6月22日に岡本厚『世界』編集長にメールを送ったこととその後の顛末は既に記したが、岡本から連絡の伝達を拒絶された後、私は、6月24日昼に、佐藤と懇意の馬場公彦学術一般書編集長宛で岡本に送ったのとほぼ同じ文面のメールを送ったのである。

馬場は夕方頃、佐藤への連絡を拒否する旨のメールを私に送ってきたのだが、実は、馬場はこの際に、一応上司である小島に確認したらしく、小島の「一切相手にするな」という指示を得て、私への回答を行なったとのことである。

その他にもいくつか聞いているが、とりあえず書くのはこれくらいにしておこう。

ところで、小島における、佐藤の起用によって岩波書店のイメージが悪化することに過敏らしい点と、岩波書店による私への嫌がらせ・いじめに関しては、極めて積極的であるらしい点とは一見矛盾しているように見える。だが、これは全く矛盾していないのである。

小島の方針は、「良心的な出版社」という、岩波書店に関して存在するイメージをどう存続させるか、という点にあると思われる。そうすると、そのようなイメージを崩しかねないものに関しては、否定的または攻撃的でなければならないのである。私への攻撃に関しては、かつて書いた、以下の執行委員の事例が参考になろう。


「戦後歴史学関係(『岩波講座 アジア・太平洋戦争』など)や中東関係の本(土井敏邦氏のパレスチナ関係の本など)、岩波ブックレットの本を数多く担当している編集者も執行委員の一人である。この人物は、執行委員会による私への一連の嫌がらせにも積極的に加担しているようだから、今回の私への「いじめ」にも積極的に関与していると見るべきだろう。恐らく、私の論文やブログの記事の批判により、岩波書店の「進歩派」としての体面が傷つけられたと考えて、私を潰すことでイメージを維持したいと考えているのだろう。」http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-13.html


恐らくこれと同じで、小島においては、他の役員よりもより強く、「岩波書店の「進歩派」としての体面が傷つけられたと考えて、私を潰すことでイメージを維持したい」という欲望が働いているように思われる。

(つづく)

(金光翔)
 
[ 2010/04/05 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)


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