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岩波書店労働組合による私への「嫌がらせ」「いじめ」について① 

岩波書店労働組合(以下、岩波労組と略)による私への嫌がらせが酷くなっている。岩波労組は、『活動の報告 明日の課題 from JULY2007 to JUNE2008』(以下、『活動の報告』と略)なる92頁にわたる冊子を、2008年6月6日に社内の全組合員に配布したが、ここでの私をめぐる記述は、事実歪曲に満ちた内容であり、明らかに私への嫌がらせの意図を持って記されている。

私としては、こうした岩波労組の嫌がらせに抗するという自衛の必要上、彼ら・彼女らの主張に対して公的に反論せざるを得ない。これから、何回かにわたって、岩波書店労働組合の嫌がらせと、それに関連して株式会社岩波書店の私への嫌がらせを明らかにし、批判していく。

『活動の報告』の記述の本格的な批判は後日に譲るとして、まずは、昨年12月8日に書いた「『週刊新潮』の記事について⑦:記事の尻馬に乗る岩波書店労働組合」以降の、岩波労組の私への対応について書いておこう。

<1>

2008年1月21日に、岩波労組は、「一組合員から出された「脱退届」についてのその後の経過と執行委員会の見解」を議題として「集会」を開く旨を、社内の各職場での掲示または全組合員への回覧板による回覧(両方とも行なっている職場もある)により、告知した。告知は、私の確認したものとしては、2回出されている。

1回目は、「回章NO.26 2008年1月10日」として、社内の各職場で掲示または回覧されたものであり、以下のように書かれている。

「1月21日(月)集会 議題=一組合員から出された「脱退届」についてのその後の経過と執行委員会の見解【食堂:17:15~】」

2回目は、集会当日に、全組合員(岩波労組は私のことも組合員と見なしているから、私も含む)に文書として配布されたものである。ここには、以下のようにある。

「本日1月21日(月)17:15~ 集会です!/議題は、/一組合員から出された「脱退届」についてのその後の経過と執行委員会の見解 です。/場所は食堂です。時間通りのご参集をお願いいたします。/2008年1月21日岩波書店労働組合執行委員会」

ここでの「一組合員」とは、私のことを指している。集会の行なわれる前の週に二度、岩波労組の執行委員が直接私の席を訪れて、私の脱退届についてのその後の経過と岩波書店労働組合執行委員会(以下、執行委員会と略)の見解を議題として、集会を開くことになった旨を私に口頭で伝え、私も参加するよう求めた。

私は既に岩波労組に脱退届を出しているので、当然出席しなかった。

この集会について、執行委員会は、後日、以下のように全組合員に文書を配布して報告している。

「◆集会を行いました
2007年4月に脱退届を出した一組合員と執行委員会とのやりとりについては、職場会や『活動の報告・明日の課題』『執行委員会ニュース』でもお伝えしてきました。執行委員会はこれまでの経緯と、現時点での執行委員会の対応と見解を報告する集会を1月21日に行いました(参加者45名)。」(『執行委員会ニュース』第11号 2008年2月14日 岩波書店労働組合執行委員会)

<2>

さて、私は、以下の諸点について、私に伝えるよう求める内容のメールを、2月5日に岩波書店労働組合の田村真理委員長に送った。

①執行委員会が集会で報告した、「一組合員から出された「脱退届」についてのその後の経過と執行委員会の見解」

②集会で組合員から出された諸意見の詳細

③集会で発せられた当該案件に関する組合員の意見に対し、集会で述べられた執行委員会の見解、および集会以降の検討により持たれるようになった執行委員会の見解

④集会およびそれ以降の岩波書店労働組合内における討議によって、当該案件に関する執行委員会の見解について、1月21日の集会において説明された執行委員会の見解から変更があった場合、変更点と、執行委員会の当該案件に関する現段階での見解

⑤1月21日の集会について、金に対し、集会を開くことを執行委員会が事前に伝えてきた理由

⑥2008年2月4日時点まで、金に対し、執行委員会が①②③に関する説明を行わなかった理由

翌2月6日に、田村委員長にメールを送った旨伝えると、了解しているとのことだったので、私は回答を待っていた。ところがその後、田村委員長から一向に返事がなかったので、2月18日に再度確認したところ、田村委員長とその日に会うことになった(以下の、会合での回答内容と合わせて考えれば、田村委員長は、私からの催促がなければ無視を決め込もうとしていた、と思われる)

<3>

2月18日の私との会談で、田村委員長は、私の①~⑥の問いかけに対して、執行委員会で検討した結果、「答える必要がない」という結論になった、それが「回答」である、と述べた。

この人を舐めた「回答」に接して、私はとりあえず、「答える必要がない」ということならば、事前に私になぜ伝えてきたのか訪ねたところ、田村委員長は、そういうことを含めて「答える必要がない」ということだ、と答えた。また、集会で伝えられた執行委員会の見解、集会で私の件に関して組合員から出た意見、に関しても、一切答えることはできない、とのことであった。

私は唖然としてしまった。少なくとも、私の脱退届に関して、執行委員会としての見解が存在するわけである。そして、執行委員会は、それを集会の場で話したのだ。質問した当事者である私には見解を一切伝えずに、私以外の大勢の人間には見解を伝えるというのは、非常識極まりないではないか。その旨を田村委員長に伝えると、田村委員長は黙ったきり、何も答えなかった。

私が続けて、「もしやましいところがなければ、答えられるはずではないのか」と問うたところ、田村委員長は、やましいところはないと答えた。当然私は、では、なぜ答えられないのかと問うたのだが、この問いについて田村委員長は、そういうことも含めて今回の件に関しては、答えるつもりはないと判断した、と回答した。

この後も、私は、「ですから、執行委員会として、答える必要はないと判断しましたので、もうよろしいですか」と、話を切り上げようとする田村委員長を制しながら、
「なぜ、これまではこちらの質問に答えてきたのに、なぜ今回は答えないのか」
「今日までなぜ回答しなかったのか」
「私のメールを受け取った旨答えていたにもかかわらず、私の質問に対して、私が催促するまで答えなかったのはなぜなのか」
といった質問を行なったが、田村委員長は、「答える必要はない」「教える必要はない」の一点張りだった(注1)

そして、私が田村委員長に対して、私のことを岩波書店労働組合は、組合員と見なしているのか確認したところ、田村委員長は、「もういいですか。返事はもうしましたので」と言い捨てて、一方的に席を立ち、「忙しいので」と言って去って行ったのである。

<4>

上のように経緯をそのまま文章化するだけでも田村委員長及び執行委員会の態度の傲慢ぶり、滅茶苦茶さが歴然としていると思うのだが、一応コメントしておこう。

念のために言うと、私が脱退届を出した後も、私が執行委員会に質問して、執行委員会が回答する(逆のケース、すなわち、私が執行委員会に呼び出された上で、執行委員会が質問し、私が回答したケースも存在する)ということが行われていた。

田村委員長及び執行委員会が、私の問いに対して、「一切答えない、というのが回答」という態度を貫いたのは、論理的に回答できない、「やましい」内容だから回答できないといった点や、私への嫌がらせといった点もさることながら、「言質を取られるようなことを発言して、首都圏労働組合のブログで書かれるとまずい」と考えたからだと思われる。

執行委員会は、私個人に関する件を議題とする集会を、事前に公的に告知して、行なったわけであり、そこでは、私個人に関する話題が論じられていたのであるから、私がそれを知ろうとするのは当然であろう。少なくとも、集会を開く側の、執行委員会の見解を伝えないのはおかしい。

ある個人が、特に関係を持たないある団体に質問して、それに団体が回答するということは、ありふれたものである。ましてや、執行委員会は、金の脱退を承認しない、金は依然として岩波書店労働組合員である、と主張しているのだから、組合員であると見なしている私に対してこうした態度をとるのは支離滅裂であろう。

以前の記事で、岩波書店労働組合は、組合の諸活動(執行委員会も含む)の相互連絡、やりとりについて、会社のアドレスを使ったメールで行なっているにもかかわらず、私による執行委員会への質問に対しては、「組合活動の件に関して会社のアドレスを使ったメールに対して答える必要はない」という回答を行なったことを指摘した。明白な二重基準であり、これ自体が私への嫌がらせであることは歴然としている。今回の、田村委員長及び執行委員会の私への姿勢は、この二重基準、嫌がらせと全く同じである。

また、この会談のちょうど1週間後の2月25に、執行委員会は、会社の私の席に「2008年2月分組合費」の徴収に訪れている(注2)。ここまで支離滅裂だと、もはや「カルト宗教」である。田村委員長及び執行委員会は、組合費の徴収を続けるならば、どんなに悔しくても、組合員としての形式的権利は認め、私の問いに対してもまともに答えるべきだったであろう(もちろん私自身の立場としては、岩波書店労働組合員として上記の質問を行なったわけではないが)。それが、最低限、田村委員長及び執行委員会のなすべき行為であり、私がその回答内容に不満を持つとしても、それはまた別の話である。田村氏及び執行委員会には、「個人に対する差別的な取扱いはよくない」という、最低限の社会意識が欠落しているのである(ハンナ・アレントの有名な言葉を借りれば、「人権」の根底を支える、「諸権利を持つ権利」をこの連中は否定しているわけである)。もちろん、こんな連中が「労働組合」を名乗っているのだから、そのグロテスクさは一層異様である。

私がさらに呆れるのは、現在の執行委員会に、言質を取られることへの警戒はあっても、自分たちが個人に対して差別的な取扱いを行なっていることが書かれるのは社会的にまずい、という認識が欠落していることである。最低限の政治的リアリズムすらないのだ。「カルト宗教」のような体質になっている集団だから、社会常識がなくなっているのである。

<5>

また、冒頭に記した『活動の報告』は、「Ⅲ職場の現状と課題」の「5 その他」で、「(2)「脱退届」を出した組合員への対応」という一節を設けている。この一節を読むと、1月21日の集会が、実際はどういうものだったかが浮かび上がってくる。

この一節は、私の「脱退届」に関する叙述の後、奇妙なことに、私が論文「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号)で、岩波労組の「カベ新聞」を「無断引用」したことに関する叙述になっている。分量的には、「脱退届」よりも、「カベ新聞」を「無断引用」したことについて、岩波労組がいかに金を批判したか、会社がいかに金を批判したかといった点を報告する内容の方が多い。この節のタイトルは、「「脱退届」を出した組合員への対応」なのだから、これは非常に奇妙であるが、ここには重要なポイントが含まれていると私は考える。

「脱退届」の問題と「カベ新聞」の「無断引用」の問題は、岩波労組にとっては、本来、全然別の問題のはずである。実際に、『活動の報告』には、「Ⅳ専門部活動・その他」の「(1)カベ新聞」という節もある。そこでも、「残念なことに前カベ社が掲載した文章が組合員によって商業誌に引用されるという事態が起き、独自の編集権を持つカベ社として、今後どうするか対応が検討されました。結果として、あくまで社内向けの自由な表現の場の確保は譲れないということで、現状通りの掲載方法をとることになりました」と記述されている。

岩波労組は、<異端分子>として私を捉えているからこそ、私の「脱退届」の提出という行為も「カベ新聞」の「無断引用」という行為も、<異端分子>の行った反逆として位置づけ、一緒くたにして弾劾しているのだ。そのことは、この「(2)「脱退届」を出した組合員への対応」における、「カベ新聞」の「無断引用」に関する叙述の直後の、1月21日の集会に関する以下の文章を材料に考えれば、より鮮明になる。

「12月7日には拡大経協連絡が開かれ、会社がKさん(注・私のこと)に対して、『I』誌(注・『インパクション』のこと)の論文(注・「<佐藤優現象>批判」のこと)に関して口頭による厳重注意を与えたことが組合に報告されました。会社からは、岩波書店で付き合いのある著者をテーマとするその論文には、社員として節度を欠いた表現があり、社の社会的信用を傷つけると考えて、事情聴取をしたのち注意を与えたとの説明がありました。組合からは、「処分」と「注意」との違い、カベ新聞の引用に対する会社の考え方、今後の会社としての対応などを問い、その場を終えました。会社はこの件について、各部会・課会で事情説明を行いました。/その後、Kさんや『I』誌論文に関して、組合員のなかでもさまざまな意見が出されたり憶測が生じたりし、また執行委員会がどう対応していくのかを質問されることが少なくなかったため、1月19日(注・これは21日の誤り。19日は土曜日であり、会社は休みである)にこの問題に関する情報を共有する集会を開くこととしました。集会では、執行委員会からこれまでの経緯を細かく説明し、今後のKさんへの対応として執行委員会が達した結論への理解を求めました。」(強調は引用者。なお、ここでの会社の説明の問題は後日述べる。さしあたって、、「岩波書店による私への「厳重注意」について①」参照 )

<1>でも述べたように、1月21日の集会の議題は、「一組合員から出された「脱退届」についてのその後の経過と執行委員会の見解」として公的に告知されている。ところが、ここでの記述を見ると、当日の集会は、「カベ新聞」の「無断引用」や「Kさんや『I』誌論文」に関する話題が主だったようである。<1>で引用した『執行委員会ニュース』に、「職場会や『活動の報告・明日の課題』『執行委員会ニュース』でもお伝えしてきました」とあるように、私の「脱退届」のその後については、執行委員会はこれまで何度も組合員に伝達してきているのである。改めて「情報を共有する」ためにわざわざ集会を開く必要性など何もあるまい。

これだけでも珍妙であるが、「カベ新聞」の「無断引用」に関する執行委員会の見解は、「『週刊新潮』の記事について⑦:記事の尻馬に乗る岩波書店労働組合」で書いたように、執行委員会は何度も全組合員に告知しているわけであるから、これも改めて「情報を共有する」必要もあるまい。だから、「Kさんや『I』誌論文に関して、組合員のなかでもさまざまな意見が出されたり憶測が生じた」という前提から考えれば、ここで共有された「情報」とは、「Kさんや『I』誌論文」に関するものが主だった、と推定することができよう。

そもそも、「Kさんや『I』誌論文」に関して、岩波労組はすでに12月17日に、「一社員に対する厳重注意について」を議題とする職場会(参加者47名。無論私は出席していないし、岩波労組の見解等も伝達されていない)を開催しているのである。もちろん、ここでの「一社員に対する厳重注意」とは、上記の引用部分にある、会社の私への「口頭による厳重注意」を指す。だから、1月21日に「Kさんや『I』誌論文」に関しての話題がなされたとすれば、それは、組合の「活動」としては2回目なのである。特定の個人について、1回目では話し足りなかったから、「情報を共有する」ためにわざわざもう一度集会を開くわけである。本当に気持ち悪い集団である。恐らく、1月21日の集会の議題を、「一組合員から出された「脱退届」についてのその後の経過と執行委員会の見解」として公的に告知したのは、さすがに特定の個人について議論する、とは告知できないから、もっともらしい議題にして告知した、ということではあるまいか。

いずれにせよ、ここでは「脱退届」の提出という個人の行為ではなく、<異端分子>としての個人が問題であり、その<異端分子>の引き起こした問題行動として、「カベ新聞」の「無断引用」も「脱退届」も一つに括る、という論理構成になっているのだ。もちろん、<異端分子>個人に関する情報も共有しておかなければならない。こうした論理構成から考えれば、この引用箇所の末尾に、「今後のKさんへの対応として執行委員会が達した結論」という文言があることが理解できよう。「Kさんの脱退届への対応」ではなく「Kさんの脱退届およびカベ新聞の無断引用への対応」でもなく、まさに、「Kさんへの対応」として、個人の行為ではなく個人そのものが問題にされているのである。魔女狩りそのものである。

決定的な点として、『活動の報告』に掲載されている「活動日誌〔2007年7月~2008年6月〕」では、「1月21日(月)」の項目に、「一組合員についての集会(45名)」と記されている。「一組合員から出された「脱退届」についてのその後の経過と執行委員会の見解」として告知されたものが、「一組合員についての集会」として報告されているのだ。「一組合員についての集会」というのは、決して単なる省略ではあるまい。なぜならば、「12月7日(金)」の項目には、「拡大経協連絡(一社員に対する厳重注意)」、「12月17日(月)」の項目には、「職場会(一社員に対する厳重注意について,47名)」と記述されており、執行委員会が、一社員・組合員(へ)の行為について、特定する形での認識を持っていることが分かるからである。このことは、集会が、個人の行為に対する組合としての対応を議論するのではなく、特定の個人についての「情報を共有」するための集会であったとする私の推定を裏付けてくれる。

45名もの大人数が、特定の個人について云々し、そしてその当事者の特定の個人にはその内容を問われても一切伝えず、そうした「情報を共有する集会」を開いたことは、広範な範囲の人間(ここでは全組合員)に伝えるのである。これが「いじめ」であることは誰の目にも明らかだろう。「欠席裁判」をやっておきながら、結論は「被告」に伝えないのである。

<1>で、「集会の行なわれる前の週に二度、岩波労組の執行委員が直接私の席を訪れて、私の脱退届についてのその後の経過と執行委員会の見解を議題として、集会を開くことになった旨を私に口頭で伝えた」と述べたが、要するに、執行委員会は、「脱退届」に関する集会だとして告知し、私を参加させようとして、実際には私個人に対する「吊し上げ」を行ないたかったのかもしれない。実際の経緯を見れば、そう判断されても仕方なかろう。どれだけ陰湿な連中なのだろうか。

それにしても、「今後のKさんへの対応として執行委員会が達した結論」とは一体なんなのだろうか。「金からどんな質問をされても、一切答えない」というような、特定の個人を公然と差別する方針なのだろうか。興味深いものがある。

<6>

現在の執行委員会は12名から構成されているが、この中には、現役の岩波ジュニア新書編集部員、また、少し前まで長らく岩波ジュニア新書編集部員だった編集者(現在は自然科学書編集部員)も含む。「いじめ」をはじめとした教育問題に関する「ジュニア」向けの本に携わっている(いた)人間が、こうした露骨な「いじめ」を率先して行なうのである。「大人社会にいじめが蔓延しているのだから、子供社会からいじめがなくなるはずもない」とはよく言われることだが、ここにその典型がある(ちなみに、執行委員の中には児童書編集部員もいる)。

また、戦後歴史学関係(『岩波講座 アジア・太平洋戦争』など)や中東関係の本(土井敏邦氏のパレスチナ関係の本など)、岩波ブックレットの本を数多く担当している編集者も執行委員の一人である。この人物は、執行委員会による私への一連の嫌がらせにも積極的に加担しているようだから、今回の私への「いじめ」にも積極的に関与していると見るべきだろう。恐らく、私の論文やブログの記事の批判により、岩波書店の「進歩派」としての体面が傷つけられたと考えて、私を潰すことでイメージを維持したいと考えているのだろう。

また、岩波新書編集部員の編集者も、執行委員の一人である。この人物は、元『世界』編集部員であり、新書では政治・経済関係の本を担当し、単行本では斎藤美奈子の本などを手がけてきている。恐らく、上の人物と似た動機で、私への「嫌がらせ」「いじめ」に加担していると思われる。ちなみに、この人物は、金子雅臣『壊れる男たち』(岩波新書)の担当編集者であるが、金子には、笑えることに、『職場いじめ』(平凡社新書)という著書がある。

<7>

ここで、「カベ新聞」の「無断引用」の件についても触れておこう。このことに関する執行委員会の私への嫌がらせは「『週刊新潮』の記事について⑦:記事の尻馬に乗る岩波書店労働組合」で書いた。ここでの執行委員会の見解がどれだけ支離滅裂なものかについては既に書いたとおりだが、以下の岩波書店の元社員(ただし、文章執筆時は現役の社員)の文章を読めば、執行委員会の対応に何ら整合性が無いことがより鮮明になるだろう。

「ぼくは、2002年1月に岩波現代文庫を創刊した。出版不況のいまどき新しい文庫なんて正気の沙汰じゃないといわれながら、その10年前につくった文庫と新書の中間の大きさの同時代ライブラリーを休刊にして、戦後の名著を中心に収める文庫を始めたのだ。/「最近社内で同時代ライブラリーの失敗が論じられることが多い。自分では二・二六の下っ端の青年将校程度の責任はあると思っていたが、インパール作戦の牟田口中将ほどにも非難され、たまたま新企画を思いつくと、全社員をまきぞえにする、大東亜戦争のA級戦犯のごとくに陰口をたたかれることすらあるようだ。ひとこといっておくが、失敗といっても、編集二人で八年間、少なくとも人件費には十分な売上げをあげてきているのだ。重版を食いつぶして申し訳程度に新刊をつくりながら、出版の落日を高見の見物よろしく批評しているようなヒマ人に失敗などいわれるスジはない」と、ぼくは組合機関誌で啖呵をきった。こういういい方は深刻生真面目を建前とする会社では反発を買う。老舗の出版社の保守的な陰湿さが、慢性的な不況の下で、自信の喪失と僻みに転じて社内に蔓延していた。」(小野民樹『60年代が僕たちをつくった』洋泉社、2004年5月刊、212~213頁。強調は引用者)

執行委員会は、私による馬場公彦氏の「岩波書店労働組合「カベ新聞」」の文章の引用について、「社員として知りえた情報を無断で社外に公表することには大きな問題があると考えます」などと主張し、自分たちの許可なく引用したことを攻撃しているが、だとすれば、上記の小野氏の文章は一体どうなるのか。

私が引用した馬場氏の文章が「社員として知りえた情報を無断で社外に公表」した「大きな問題」ならば、「組合機関誌」での「最近社内で同時代ライブラリーの失敗が論じられることが多い」などという一節が公開されていることは、馬場氏の文章と比べれば比較にならないほど「大きな問題」である。執行委員会が「無断引用」だと騒いでいる、馬場氏の文章は、、「『週刊新潮』の記事について⑦:記事の尻馬に乗る岩波書店労働組合」の「(注3)」で再掲載しているから、小野氏の上記の文章と読み比べれば一目瞭然である。そもそも、「岩波書店による私への「厳重注意」について① 」でも書いたように、佐藤優と馬場氏が懇意なこと、馬場氏が佐藤を高く評価していることは、元々大っぴらになっていることだから、ここまで騒ぎ立てるのは常軌を逸していると言わざるを得ない。

「カベ新聞」ならばどんなささいな文章でも「社外秘」だが、「組合機関誌」ならば、あるシリーズが社内で「失敗」だったと述べられているという情報も自由に公開してよいのか?いくら自分の文章とはいえ、公開にあたって小野は当時の執行委員会の許可を得たのか?(無論、そんな話はあるはずもない)。

小野氏の本の出版は当時から社内では周知のことであるが、執行委員会が小野氏に抗議をしたという話もない。それどころか、小野氏の定年退職にあたっては、執行委員経験者(2006年7月~2007年6月期執行委員会の執行委員を含む)が呼びかけ人となり、退職記念パーティーを開いていた。

上記の理由から、執行委員会による、馬場氏の文章の引用に関する私への抗議が、純然たる嫌がらせであり、馬鹿げた言いがかりに過ぎないことがより明らかになろう。これこそまさに小野氏が言うところの、「陰湿さ」「自信の喪失と僻み」そのものではないか。執行委員会は、小野氏の文章への対処(容認)と、私への抗議との整合性を示すべきである。

<8>

この6月には、7月からの執行委員新体制のための執行委員選挙が行なわれる。現在の執行委員会は、執行委員選挙制度の改定を提起し、「執行委員になりたくない」と誰が言っているかが組合員全体に伝わりにくくなる制度(これまで、全員に配布していた「辞退希望表明」を、希望者のみ閲覧可とする制度。ちなみに、この提起は岩波書店労働組合職場会で否決された)をするなどして、執行委員のなり手を確保しようと必死である。先月末にもまた新案を提起している。

だが、現在の執行委員会がすべきことは、なり手を確保しようと必死で動き回るのではなく、全員で留任することではないのか。執行委員のなり手が今年さらに減りそうであるという事態は、私と岩波労組をめぐるゴタゴタに一因があり、その責任が、現在の執行委員会による一連の私に対する嫌がらせに主な要因があることは明らかなのだから。労働組合の執行委員として、そうした事態への責任をとり、もう一年執行委員を続ける、というのが筋だろう。現在の執行委員は、今回の執行委員選挙で、立候補を辞退する(執行委員にならなくて済む)権利を持つが、そうした権利を行使すべきではあるまい。



(注1)田村委員長は、、「『週刊新潮』の記事について⑦:記事の尻馬に乗る岩波書店労働組合」で記した、私が「カベ新聞」を「無断引用」したことへの抗議文である『11月15日文書』を私に渡す際には、副委員長と一緒に私へ抗議し、「なんでそんなあせっていうわけ。やっぱりちょっとやましいとおもってるんじゃないの」「まあルールがわかってないんだからしょうがないわねー」「あまりにも非常識」「世間一般の常識から随分離れていますよ」などと饒舌に野次を飛ばしていた。この2月18日の会談での態度との違いには唖然とさせられる(私への排除の姿勢という意味では一貫していると言えるが)。自分の言動や行動が外部には非公開にされるという前提ならば、言いたい放題という心性。マスコミの人間が、彼ら・彼女らが軽蔑する「2ちゃんねらー」と体質が完全に同じであることについて、これほど分かりやすい例もないだろう。


(注2)この、執行委員会による、私の職場での組合費の徴収行為の不当性については既に述べた。2007年7月1日以降の執行委員会体制で、私の職場まで押しかけて組合費の徴収行為を行なっている人物は、『広辞苑』の担当編集者だが、彼について、岩波書店の前の代表取締役社長である大塚信一は、

「10年以上前の話だけど、東大文学部の出身で、歴史専攻という学生が岩波を志望してきた。東大だからさすがにペーパーテストはできるんですね。それで面接ということになって、私が「最近読んだ岩波の本で、おもしろかったのは何ですか」と聞いたら、驚いたことに「読んでません」と言うんです。それも最近読んだことがないんじゃなくて、岩波文庫や岩波新書を含めて、本当に一冊も読んだことがない。それが東大の文学部ですよ(笑い)。それで僕はアタマに来て、「なんだこれは。こんな奴、入れるわけにいかない!」って怒り狂ったんです。ところが、その学生は東大の野球部でキャプテンか何かをやっていた。選考した社員の中に、「こいつは見どころがある」なんて言い出す奴がいて、結局入っちゃった。それがいま意外に活躍しているという、冗談のような話があるんです。(笑い)」

と述べている(大塚信一・鷲尾賢也「対談 「危機」の今を、チャンスに変える 「人文書」編集者の“本分”」(『論座』2007年3月号))。

この人物は、入社後、まさに「岩波書店野球部」で、小松代和夫総務部長(※)とともに中心メンバーとして活躍している。3期前の執行委員会(2005年7月~2006年6月)では、岩波書店労働組合副委員長として、会社側の代表(すなわち小松代総務部長)との連絡役を務めていた。岩波書店と岩波書店労働組合の「労使一体」の象徴的人物である。こういう人物が、岩波書店に容認された岩波書店労働組合の嫌がらせの尖兵の役割を担っているわけである。確かに会社にとっては「活躍している」。

※小松代総務部長(取締役)の私への行動に対しては、「『週刊新潮』の記事について⑧:岩波書店労働組合による「嫌がらせ」を容認する岩波書店」を参照。


(金光翔)
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[ 2008/06/08 00:00 ] 未分類 | トラックバック(-) | コメント(-)


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